こんにちは、スタルペスです。

 

今日は、少し時間ができたので宇土市の図書館に伺いました。目的は本を探しに行ったのではなく図書館にあるという、古墳の石材を見学するためです。

この図書館にある古墳の石材は、古墳から発見されたのではなく、城跡から発見されたものです。

 

 

 

※宇土市立図書館です。

 

 

 

昭和44年、宇土城の三の丸付近から発見された石材は、城の石垣に用いられていたと考えられる石材ですが、その石材が古墳の石室から転用されたものでした。

しかも、その石材は装飾がされており、装飾古墳の石材であることが分かっています。

 

 

 

※宇土城三の丸から出土の装飾石材

 

 

 

宇土地方の装飾古墳は、線刻という技法を用いている点が大きな特徴ですが、この石材にも線刻文様が刻まれています。

舷側に何本ものオールを持つ大型の準構造船や、艫(とも)に旗を揚げ荷物を満載した船、木の葉の文様や鳥などの文様が刻まれています。

 

 

 

※線刻らしきものが見えます。

 

 

 

宇土市内にある仮又古墳や椿原古墳などには、慶長期の矢跡が残る古墳が確認されており、古墳の石室の石材が近世宇土城の石材の供給源だったことが分かっています。

 

 

 

※この石材は、天井石か、はたまた鏡石か

 

 

 

ということは、慶長期にこの石材は古墳から切り出されたということですので、天正16年にこの地を領した「小西行長」の築城ではなく、慶長5年(1600年)の関ヶ原以降にこの地に封せられた「加藤清正」によって切り出されたものと考えられます。

関ヶ原後、清正は宇土城を自身の隠居城と定め、おもに主曲輪の改修を行いました

その際、小西行長が築いた遺構を埋めつぶし、その上に本丸を築いたとのことなので、相当大規模な改修を行ったようです。

 

 

 

※矢跡が残る石材は、本来はもっと大きな石材だったはずです。

 

 

 

NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」で一躍スポットを浴びた豊臣秀吉の弟「豊臣秀長」の城、大和郡山城では、「さかさ地蔵」と呼ばれる逆さまのお地蔵さんが天守台の石垣に組み込まれているのをはじめ、さまざまな転用石が使われています。

明智光秀が築城した福知山城も転用石が多く使われていることで有名です。

織田信長が築城した安土城の大手道の石畳には石仏や五輪塔が転用石として使われています。

 

 

 

※これら石材は仮又古墳の石材だったのでしょうか?それとも椿原古墳の・・・

 

 

戦国期は城づくりは時間との勝負、使えるものは何でも使うことが常識となっていたのでしょう。

攻め滅ぼした敵の城を解体し使える部材はすべて利用して、新たな城を築城することもよくある話です。

古墳の石材は、またとない建築部材だったのかもしれません。

 

 

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さてこの日のランチは、3度目の訪問となる宇土市役所の近くにある「大香楼」さんです。

というか・・・最近は宇土に来ると、このお店しか来ていません。

 

 

 

※大香楼さんです。

 

 

 

町中華屋さんの中でも、屈指のおいしさのお店ですので、宇土といえば大香楼さんということになります。

この日、家内は相変わらず「麻婆豆腐ランチ」を注文。

そのボリュームの大さから、半分は食べきれず持ち帰りとなります。

 

 

 

※麻婆豆腐、これがまた"うまい"

 

 

 

私も、やっぱり相変わらずの担々麺セットに酢豚を注文。

変わらないおいしさに舌鼓!!

スーパイコーも、絶妙な餡が食欲をそそります。

 

 

 

※担々麺、奥に見えるのは酢豚です。

 

 

 

あー・・・おいしかった! ご馳走様でした。