あけましておめでとうございます!!
スタルペスです。
今年もよろしくお願いします。
昨年12月、テレビのローカルニュースで、あさぎり町の才園古墳(さいぞんこふん)から出土した、金メッキされた銅鏡「鎏金獣帯鏡(ときんじゅうたいきょう)」が、あさぎり町に里帰りしたというニュースを見て、鎏金獣帯鏡を見学することにしました。
今回の特別展示は、あさぎり町の須恵文化ホールでの展示です。
※あさぎり町須恵文化ホール
メイン展示は免田式土器のようですが、私の中では、「鎏金獣帯鏡」がメインです。
「鎏金獣帯鏡」正式には”国指定重要文化財「鍍金求心式神獣鏡」”というそうで、現在は熊本市立博物館に保管されています。
直径 11.7cm、厚さ 3mmで青銅鏡の背面全体に分厚く鍍金(金メッキ)されています。
※国指定重要文化財「鍍金求心式神獣鏡」
中国で作成された鏡で3世紀頃の鏡を元に5世紀頃に製作されたようです。
金というのは、何百年、何千年たってもその輝きが失せるものではありません。
すでにメッキが落ちているところも多いですが、残っている部分は金色に輝いています。
現在、我が国では金メッキされた鎏金鏡は3つしか見つかっていないとのことです。
※鎏金鏡と一緒に出土した馬具・金具
ひとつは、福岡県糸島市の「一貴山銚子塚古墳」から出土した鏡、もう一つは岐阜県三野から出土した鏡と、ここ熊本県あさぎり町の鎏金鏡です。
中国でも鎏金鏡は大変貴重なもので、贈るとしても相当重要な人物でなければ贈ることはしないと思います。
※出土した古代の挟(はさみ)
糸島にある一貴山銚子塚古墳は全長100m超える前方後円墳で、10枚もの銅鏡が埋納されており当時の有力者の墓であったことは確実です。
才園古墳が6世紀と一貴山銚子塚古墳よりも時代が下りますが、同様に有力者でなければ所持し得ない鏡だと思います。
※才園古墳
糸島は、魏志倭人伝でいうところの伊都国に相当する地域です。
ここ、球磨郡は、魏志倭人伝では狗奴国に相当する地域ではと考えられています。
※才園古墳石室
狗奴国は邪馬台国に和せず、邪馬台国を常に悩ませる存在でした。その王「卑弥弓呼(ひみここ、ひみくこ)」は邪馬台国に匹敵するくらいの軍事力・経済力があったものと思われます。
その狗奴国の首長の系譜が6世紀まで続いていたとしたら魏志倭人伝時代から連綿とつづく文化継承がされていたのかも知れません。
そうであれば、古墳時代になってもこの球磨地域が九州の中でも重要な地域であり、「鎏金獣帯鏡」が与えられるにふさわしい地域だったのではと推察します。
さてさて、この鎏金鏡は、狗奴国の末裔だった人物のものだったのでしょうか?
それは、皆さんの想像にお任せします!!
今年





