信玄塚(大塚、小塚) | すますまスマロンのブログ

信玄塚(大塚、小塚)

愛知県新城市字東入船6番地1
(設楽原歴史資料館)
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天正3年(1575)5月21日、南北に流れる小さな連吾川をはさみ西に織田・徳川連合軍と東に武田軍とが戦闘。
激烈な戦いが繰り広げられ、この戦いで武田軍の死者は1万余、連合軍は6千余と言われます。

激戦地であった連吾川の両岸には、累々とした屍体の山でした。
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里人たちは、まず名の知れた武将をそれぞれの地に埋葬し、残った多くの屍体は丘陵の1個所に運び大きな穴を2つ掘り、そこに埋めて塚を築き、その上に印の松を植え弔った。

多くの将士を埋めた2つの塚は、大塚様、小塚様とあがめて懇ろに弔う。
これが「信玄塚」と言われる。
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また一説には大塚は武田方、小塚は織田・徳川方と伝わるようです。

独り言
信玄塚は設楽原歴史資料館に隣接している。
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信玄塚へ一歩足を踏み入れるとドンヨリとした重々しい雰囲気を感ずるのは私だけだろうか…

昼間の、しかも超晴天日で良かったぁ