いろんな人と出会ってきたなぁ


って



衝撃を受けた人も、



忘れられない人も



忘れたくない人も



いろんな時期に



いろんな形で



出会って、



時間を過ごして




もっと早く出会えたら良かったと思うこともあるし



あの時出会えて本当に良かったとも思うこともあるし



やっぱりこの人とあうべきだったんだと思うこともある





ある時期にある時間を過ごした人の、近況をふとしたところで耳にして



あー、あのときの時間は、ここにたどり着くための時間だったんだと思ったり





過去の時間の大きさに戸惑ったり、でもそれがどうしても埋めたい時間だったり




そうはいっても、ムリな話だったり




当たり前の日常の中で、ふと思い出す




思い通りにならないこともあるし、今の現実をもちろん納得しているんだけど



なんでだろうなぁ



ふと、どうしてるのかなって




私もね、頑張ってるから、きっとその人も頑張っているんだろうね




日常ってそんなもんだと言い聞かせながらも、やっぱりこの日常を飛び越えてまた会いたいって思う




思いでとしてしまうには、とても大きすぎる存在




でも、どうしようもないんだと言い聞かせるしかないね、今は





もう1年の4分の1が過ぎようとしているじゃん



次に会えるのはいつだろう



それまでに、私少し変われるだろうか?

もうすぐ3月11日が来ますね



母と今朝お茶を飲みながら、大槌の亡くなった伯母の話をしていました





そういえば、大槌のおばちゃんの家って、津波で何もなくなった後から改めて見ると、ほんとに海のそばだったね







いや、ホントーに



伯母の家になんどか行ったことがありますが、堤防があり水門があり・・・なので、海のそばという実感がなかったんです



見えないし、波の音も聞こえないもの



それが、波にさらわれ何もなくなってみると、すぐそこに海





そして、伯母の家がかつてあったであろう場所、がれきが残る場所から、みんなが必死で向かったであろう山の方を見ると・・・



遥か先



しかも山に登る道もないし、山肌はコンクリートが流され登ろうと思ってものぼれりゃしない




絶望感!!



あの場所に立ったときに私が感じた絶望感の、果たして何千倍、何万倍もの絶望感と恐怖をあの時あの場所にいた人も感じたのでしょう




震災の後被災地である沿岸をずーっとまわりましたが、高齢者の方が安全に避難できるような場所は本当になかったんだと思いますね


60代は家にいるおじいちゃん、おばあちゃんを置いては逃げられない人も多かったんじゃないですか?


20代、30代のお母さんは、小さい子供をかかえてそうそうは逃げられない




もとの生活に戻れるなんて、そうそう簡単なことじゃないと思うけど、少なくとも亡くなった方の想いを活かせるようにこれからの防災対策をかんがえるべきなのでしょうね




町では合同慰霊祭をとりおこなうそうです



悲しみを忘れることはできないですね







沖縄で学生の方が中心のセミナーを1月と3月、続けて担当させていただきました



年金とか、社会保障とか、ライフプランとか、資産運用とか


それこそ20歳になったかならないかの若い方にどうお話をしたら伝わるのか・・・ずいぶん心配しながらのセミナーでしたが、続々といただくコメントが本当に素晴らしくひたすら感激しています



本当にここで披露したいくらいです





私自身、20歳のころ「これからの人生」なんて考えていませんでした



それなりに悩んだりしながら毎日を過ごしていたとは思いますが・・・




あれから25年たち、今学生のみなさんにお伝えしているのは、転ばぬ先の杖



転ぶことは大事だし、痛いおもいもしなくちゃいけないんだけれど、私の25年前よりも確実に厳しい現実に飛び込んでいこうとする若者たちに、やっぱりこころからのエールと可能な限りの知恵を授けてあげたいなと




幸せなことに私は若い方との接点が比較的多い方だと思います


多分お家で主婦していると自分の子どもを中心としたお付き合いに限定されると思うのですが、今の仕事は本当にいろんな方とお会いできる・・・しかも「お金」という切り口で様々な人生とであうことができる




そういう出会いの中で、実は自分自身の若いころがフラッシュバックしてくるんですよね



失敗したり、苦しんだり、もちろんその中で笑ったり



今の自分を受け入れているけれど、もしかしたら別の選択肢もあったかもと思うことも正直ある


でも、戻れないということも知っている




そんなことをときどき思うようになり数年



学生に対してお話ができるというのは、25年前の私にお話をするような気持ちです




この前は、理想の自分を求めることの大事さと


そうではない時に、それを受け入れることの度量ももとうね、っておはなしをしました



実はこの言葉はもし20代の自分に声をかけてあげることができたら、ぜひかけてあげたいと思っている言葉


あの時、ものすごく苦しかったし、逃げることもできないと思ってますます苦しい方に進んでしまっていたけど、方向転換をする自分も許してあげてもいいんだよ、って言ってあげたいなって思うんです


暗いトンネルを抜けてしまえば明るい光があるんだけれど、トンネルも10年となると精神的なマイナスはかなり大きい



45歳の今となると、当時の私に懐中電灯を持たせたり、ナビを持たせてあげたかったと思ったり

そうすれば、明るいところで過ごせる人生が長いかも知れない





そんなことを考えたりして、学生に向き合っています



これまでいろんな講演もしてきましたが、今回の学生のみなさんのように、(フェイスブックという最強のツールを使っていることもありますが)心が震える位うれしいコメントをいただけるのは、本当に幸せなことだと思っています



お伝えするって仕事、続けて良かったです^^

これからも頑張ろうって思います