娘の学校では指定バックが2種類あって、革のしっかりめの鞄とナイロン素材の「サブバック」と呼ばれるものがあります


夕べお風呂に入りながら娘が


「明日からサブバックで行こうかな」と


どうして?


「だって、革鞄持っている人って真面目な人ばっかりで、みーんなサブバックなんだもん。革鞄だと浮くんだよね~」


いいじゃない、革鞄の方がしっかりしているし


「ていうか、みんなが私のことまじめちゃんだって言って、なんとなく友達になりにくいんだよね」



ははぁ、そこね^^




確かに娘の容貌は、いわゆるAKBタイプではなく、こけしちゃんタイプ

親の欲目だけど、よーく見れば品の良い日本的な顔立ち

私は大人になってきれいになるタイプだと思っているのですが(笑) 

確かに中学生のクラスでもてるタイプじゃないのよね・・・



お風呂でちょっとお話タイム




人から言われる「印象」って私はとても大事だと思っていて、なぜならそこが「個性」の出発点だと思うから

おとなしそうとか優しそうとか、チャラそうとか・・・

それってなんとなくその人が醸し出す雰囲気であり、すでにそれは「持っているもの」

であれば、それを活かすことを考えると、素敵になると思う


なーんてことを話ました



みんなと同じじゃつまらない

自分らしく、自分に似合うものを身に着け、自分のなりたい姿に近づく

それって必要だと思うけど




まじめちゃんキャラだと損だというけど、チャラキャラはすでにクラスでいっぱいいるんでしょ?

まじめちゃんキャラは貴重な存在なんだから、価値があがるわよ^^v



なんて思うんだけど



容姿とか、モテるとかモテないとか気になるお年頃


それは分かるけど、自分をもっと大事に、人とは違う自分に誇りをもってほしいな

みんながAKBじゃつまらないよ!!



ま、まじめちゃんキャラって言われてがっかりする気持ちも分かるけどね

でも、チョー短いスカートはいて、ローファーのかかとつぶして、髪の毛長くて、まつげつけてって感じにはなってほしくないよね・・・親としては

それも個性と言われちゃうときついけど


やっぱり自分がどう見られたいかっていうのも意識しないとね

自分のアピールによって、広がるチャンスの種類も変わってくるもの


第一印象って人生に結構影響をあたえるもの

そこってある意味、人生のマーケティングだしね



私としては、娘のまじめちゃんキャラを活かして、信頼感とか積極性とかもっと身に着けて、そして年齢とともに女性らしい優しさと華やかさも身に着けて、そんな素敵な女性になってほしいと思っているけど



うーん、こけしちゃんのまんまかな^^;

でも中学生だもんね、そのくらいモテない系の方が違う心配をしなくていいかも(笑)




京都での痛ましい事故



やはり気になるのは、車を運転していた人の病歴です



病気が事故の原因だったかどうかはまだはっきりしていないようですが、以前にも同じような事故があったことからどうしても病気と事故との関係に注意が向いてしまいます



病気と全く無縁の人は、世の中いないと思います

自分は100%健康体という方でも、家族は友人に病気を抱えながら日々暮らしていらっしゃる方など、病は意外に身近なものなのではないかと・・・



病気といってもいろいろですね

以前急に眠くなってしまう病気もあるとか聞いたことがあります

眠くなるというより、意識を失うような形で寝てしまうとか


知り合いの中には、今回の運転者と同じ病気をもった人もいるし、

ちょっと違いますが、社会生活をするうえで障害となるケースも指摘される発達障害と診断されたお子さんをもった方もいらっしゃいます



記憶するのが苦手、感情をコントロールするのが苦手、人と話をするのが苦手、一か所にとどまっていることが苦手、急に発作をおこし意識を失ってしまう・・・など



病気を原因とする、生活上の「困難」もたくさんあります



他にも疲れやすいとか、体力が著しく低下しているとか、食事で食べられないものがあるとか、感染させることもある病気であるとかも



挙げたらきりがない



難しいのは、それらのさまざまな事実を周りの人が気が付いてあげるのが難しいこと

それはその人が自分で告げてくれないと、周りではわからないこと



日本は特にそういうことを公にすることを嫌うところもあると思うのでなおさら難しいと思う



ヒントになるかどうかわからないけど、アメリカ留学中の出来事で今でも記憶に残っているエピソードがあります


1、クラスメートに全盲で盲導犬を連れて授業に出ている人がいました

彼女は、専用のタイプライターで授業中のノートはすべて記録、犬はもちろんおとなしく授業を聞いています

何より驚いたのは、彼女が授業をエントリーすると次の授業までに点字の資料がすべて準備されるということ

学ぶ権利は平等、なにがあっても学びにハンディがあってはいけないという配慮を感じました


2、同じくクラスメートで電動車いすに乗った体にねじれが残る男子学生がいました

授業初日、その隣に座ったいかにもアメリカの男のこといった男子学生がガムをくちゃくちゃ言わせながら

「それ、どうしたの?」と彼に障害について「とっても自然に」聞いていたこと

興味深く聞き耳を立てていると、「何ができて、何ができないのか」を率直に聞き、また聞かれた学生も「これはできるけど、ここは人の手を借りたい」と言っていました

最後は、「わかった、それなら僕でもできそうだ。必要なときは言ってくれ」と本当に自然に言い、あとは特に気を使うわけでもなく、ずっと付き添うこともなくそれぞれフツーに授業を受けていました


3、留学生のパーティーに参加したとき、自己紹介の時に自分はHIV感染者だと言っている人がいました

そして彼は、こういうことは感染にならないけどこういう時は気を付けてくれと、フツーにアナウンスしていました

周りも、「オッケー」みたいな雰囲気で、握手したり

私が見た限り、HIVという言葉に過剰に反応する人は誰一人としていませんでした、むしろ熱心に質問しその病気を知ろうという感じでした


4、学校の清掃係

彼は何事も清潔にしないといけないという強迫観念があるそう

精神のハンディキャップを背負っています

でも、「だからこそこの仕事があってるのさ!」と・・・確かにはたからみると、ちょっと異常なほど磨いたり、何度もなんども同じところに水をかけたりしていましたが、なるほどという働きぶりでした

面白いのは、彼は会う人会う人にそういうことを「楽しげに」言っていること

彼のことを知らない人はいないというくらい、よく知られていました



つまり、自分の困難な点を回りにはっきりと告げること、そして周りもそれを正しく理解して問題の解決を一緒に考える、あるいは問題とならないように対策を考えること、


そういうことがもっともっとオープンになっていくことが大切なのではないかと



日本ではひとつできないことがあると、すべてできないというような判断がされることないでしょうか?

その根底には「常にみんなと一緒」という横並び意識



例えば今回の運転者のような病気、この病気があるといつ発作がおこるかわからない・・・

そういうことを周りに告げると、仕事を失ってしまうかもしれない

だったら内緒にしておこう、人に知られないようにしよう


そんな空気ないだろうか?



がんの療養中の人は、疲れやすいとかいろいろあって、仕事を続けられなくなることが多いとか

辞めさせられるということは表向きはまあないと思うけど、理解されない・いずらいということはあるんじゃないかな


でもそれでほんとにいいんだろうか?

病気なんていつ誰の身に起こっても不思議じゃないこと

社会から封印してしまうような世の中じゃいけないじゃないかな



なんだろう、それぞれの状況を正しく理解して、補いあうことって、もっとできるんじゃないだろうか?



早く走れる人ばかりじゃなくても、社会は成り立つ

数字に弱くても、芸術的なセンスが光る人もいる



お互いの良さとお互いのハンディを補う社会ってできないものなのだろうか?


日本って結構思いやりがある国だと思うけど、相手を尊敬する文化って意外に少ないのではないだろうか?

相手を尊敬していれば、たとえその方に何かしらのハンディがあったとしても、なにかを学ぼうと思うもの


思いやりだけでは足りないなにか

同情だけでは回らないなにか

そんなことを感じてしまいました



いずれにしろ、悲しい事故です


働く女性同士、やっぱり話題になることが多いのは、仕事と家庭の両立



ちなみに男性はこういう話題あるのでしょうか?

ないんだろうなぁ・・・たぶん

少なくとも私と同年代の男性って、家事とは無縁っぽい



独立起業って、大変でしょってよく言われるけど、子供の成長のペースに合わせて仕事もできるし私としてはかなり良い形だと思っています



例えば私の場合、子供が2歳まで会社員でした

産まれて半年で職場復帰、役職もあったので、忙しかったし出張も残業もでしんどかったぁ

保育園の送迎さえ間に合わないという感じだったので、出した結論は・・・

自分の親を田舎から呼び寄せ、同居してもらう



かなり究極の選択だったけど、親が出てきてくれてよかった、本当に

親が同居してくれたので、そのまま仕事も続けられる環境だったんだけど、やっぱり仕事忙しさで子供と一緒にいる時間がない

ほんとにない



悩んだ末、会社員を辞めました



そこから、ほぼ初めてといっていいけど、子供とゆっくり過ごす時間が取れましたね

やっぱり、通勤の時間、会社にいる時間にせかされていると、子供とのんびりって感じになりませんもの



幼稚園に入って、ちょっと数時間余裕ができたので、FPの資格勉強を始めました

娘が年少の時、AFPに合格し、家からほど近い場所の生協で、FP活動に参加

保険の見直し講座とかマイホーム講座などのお手伝いをしたり、子供の金銭教育に参加したり

子供のペースで仕事もどき



子供が幼稚園を終わるころ、CFPに合格

小学校に上がるころから、いくつかのカルチャースクールで教室を開講します

FP講座だったり、資産運用講座だったり

自分で資料を作ったり、構成を考えたり、あの時の試行錯誤は勉強になったなぁ



幼稚園、小学校低学年の頃は、保護者会とかPTAの事務局とかやって、ママ友もできたし、忙しかったけど充実

こういうのはお勤めじゃなかなかできないもの



FPとしては、うちの子が小学3年生のころから、ぼちぼち相談業務がでてきた感じ

でもまだまだ講師と執筆が中心

収入もこのころでやっと会社員だったころの給与を上回ったかなってとこじゃなかっただろうか?

お金を稼ぐのって本当に大変なのねぇって思っていたころ



高学年になったら、割と家を空けることもできるようになって、また自分としても講師業より相談業務の方がいいなってこともあり、証券仲介と保険募集人をはじめコミッション収入が増えてきたのもこのころから

収入も安定してきたのが、ここ3・4年



私みたいな仕事の仕方って起業家としてはかなりスローペースだろうし、戦略なんてなくて行き当たりばったり的な仕事の広がりかただったけど



当初の希望であった、子供との時間を優先しながら仕事を続けるということは最大限実現できたなって思う



最近子供も大きくなったので、物理的に一緒にいる時間を増やすより、ちょっと違うかかわり方をしていきたいなって思う

彼女の心の成長に活かせるような接し方・・・ってまだわからないけど^^;



そして、娘が大学生になるころ、私も仕事の方向をちょっと変えていきたいなと

FP業はもちろん続けるのだけど、なんか違う形の社会貢献も考えたいなと


その頃私50になるから、その後の10年の働き方、生き方をこの5年位で見つけていきたいな~なんて思っています



あれ、よく考えたら私家事はあんまりしてないかも^^;

大事にしているのは子供のことと自分のことかぁ(笑)



なんでもね、欲張ってもできなかったらしょうがいない

優先順位をつけ、できないところは人に頼み、ここだけはというところにだけ集中する


その方が長続きするのかも



うちの夫も適度に私に無関心なのも幸いしたのかも(笑)

いや、それ大きいなたぶん


最初からそうだったわけじゃないけど、また私の仕事を認め始めたのはほんとつい最近だけど、配偶者が理解してくれないことには、なかなか女性は仕事を続けられないのも事実

うん、ここはキモかも




子供はね、お母さんが働いていればそんなもんだと思いますよ

24時間一緒にいるから、お母さんとして素晴らしい!!なんてこともないと思うし

一緒にいられる時間が少ないからこそ、お母さんとしても頑張れるような気もするし



ま、家庭も仕事もって難しいことではあるけど、自分なりのバランスがとれればよいのではないでしょうか?