読売新聞の一面
岩手県宮古市で津波で両親を失った女の子がお母さんに書いた手紙とともに、掲載されていました
かわいい寝顔がまた悲しく、涙をさそう記事でした
三面には、さらに詳しく女の子の様子が書いてありました
あどけない笑顔に、どれほどの悲しみやつらい思いを我慢しているのか
写真の女の子は、私の小さい頃の写真を思い出させます
まるいほっぺは、きっと真っ赤でふれるとつるつるするのでしょう
着ているものも、女の子の背景も、およそ都会の子どもから見たらずいぶん異なる風景です
あの女の子は、私
私が今ここに幸せで存在できるのも、単なる偶然であり、もしかしたらあの女の子が私で、私があの子かも知れない
もしかしたら波にのまれながら、無念にもわが子の手を離してしまったあの子の母親が私かもしれないし、あの子は私の子どもかも知れない
そんな風に思ったら、また胸が苦しくなってきました
偶然のできごと
私ではなく、ラッキーとは絶対言えない、「偶然」という現実
だからこそ、あの女の子の痛みを忘れずに、教訓とし明日は少しでも安心できる世の中にするためにはたらかなければならないのではないか・・・
そんな風に思いました
あの女の子が愛に包まれ、幸せに暮らせることを心から願います
寂しさをいつか乗り越え、強く優しい女性になってくれることを
お母さんの安否はいまだ分からないとのことですが、きっとどこかであの子のことを見守っているはずです
なにがあっても、どんなときでも