今日はランチのお約束がドタキャンになったり、午前中のアポが早々に終わってしまったりで
時間がぽっかり空いたし
たまたま銀座にいたし
っで、映画を見ました
何にしようかな~、そうだソーシャルネットワークにしよう!
っと
スピード感があり、アメリカのアングラの生態系の描かれ方も、ある意味このままね、って感じで面白かった
のですが、
っで、結局ソーシャルネットワークが目指したものって何?
社会に何を残したかったの?
って思いました
確かにあのプログラムはクール!!でしょう
映画の中にもありましたけど、道がないところでもフェイスブックはあるのね、っていう言葉
情報はとびかうけれど、自由な発想が国を動かすことまではできない
少なくとも、すぐにはできない
情報では飢えた人を救えない
情報では、貧しい人を救えない
ならば、フェイスブックは何をもたらすことをもくてきに産まれてきたのか?
様は未知数なんだろうけど、ちょっとそこは共感が持てなかったな・・・
人の命を救うための医療技術、みたいなものとは全く異質のもの
そもそも女の子の比較から生まれたフェイスブックたるものに、高尚な思想を求めるのは無理なのか?
快適さ、連帯感、つながり
そういうものを追求すること自身が、ちょっと実社会とはことなった次元、つまりは学生のお遊びみたいな感じでしか思えなかった
もちろん私自身の理解不足なのだろうけれど・・・
ただ、ビジネスという意味では面白かったな~
ハーバードの学長の言葉も、的を得ている
出し抜かれたら出しぬけってことでしょ、分かりやすいというかストレートすぎるというか
アメリカの社会だな~と
良い意味でも、悪い意味でも
あともう一つ
どうしてあの映画に出てくる女の子たちはあんなにおバカに描かれているのでしょう
まともな女性がほとんど出てこない
ちょっと腹ただしくなりました
だってね、男を捕まえるためにだけ生きているような描き方、あまりにもシャロー
ま、いるけどね、あんな感じの子
ということで、久々の映画鑑賞
たまにはいいね^^
またふられたら、映画にいこう!