ラクに楽しく美しく♪自由な世界で生きる

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「外見」と「内面」から人生を変えて、自分史上最高の自分になる♪【魅力解放プロデューサー/人・場所のプロデュース】(鹿児島・東京・福岡)

乳がん手術(右胸全摘)のため

2週間の入院を経て、

さっき家に戻ってきた。

 

 

さすが入院前に

徹底的に部屋を片付けただけあって、綺麗。

やるな、私。

偉いぞ、私。

 

 

そう思いながら、

家中のシャッターを上げて回った。

(鹿児島出し、8月の2週間となると

台風が来ることも予想されたので)

 

 

全部上げ終わったところで、

ふと出てきた。

 

 

「さみしい…」

 

 

え、何?今更?

 

 

がんも前向きに受け入れて

落ち込むこともなく、

手術を怖いと思うこともなく、

手術後の大きな胸の傷を見ても全然平気で

前向きに楽しく過ごせてたのに??

 

 

それなのに、なぜ?ここで?

 

 

帰ってきて家に人がいないとか

「お帰り」と言ってくれる人がいないとか

迎えにきてくれる人がいないとか、

 

そんなことじゃない。

 

 

それは

今に始まった気持ちではなくて、

生きている間ずっと感じていた気持ち。

 

 

だから、

突き上げてくるような感情じゃない。

 

 

ただただ、静かに涙が出てくる

「さみしい」。

 

 

 

「いや、そんなのわかってることじゃん。

 今までこうやって生きてきたじゃん。

 なんで今更?」

 

 

きっと理由は、

今までの日常から2週間離れたことが

きっかけだと思う。

 

 

日常から離れたことで、

改めて日常に戻ってみて

「わかっていたけど、”ない”ことにしていた感情」

が浮かび上がってきたんだと思う。

 

 

 

いつも「一人」が当たり前だった。

 

自分軸のない、ひ弱な人間が、

「一人」で壁を乗り越えられるようになった。

 

強く生きられるようになった。

 

自分の好きなことも見つけて、

「一人」でも楽しめるようにもなった。

 

 

でも、

「一人で何でもできるようになった」のと

「一人でもいい」

は違う。

 

 

常に「さみしい」が付き纏っていた。

「一緒に楽しんだり、生きてくれる人」がほしい。

ずっとそう思っていた。

 

 

 

幼い頃から愛情に飢えていた。

 

 

母は、統合失調症だから無理。

父も、癇癪持ちで口を開けば

「馬鹿らしい、つまらない。

 金食い虫、お前のせいで俺は靴も買えん」

と言う人だったから、無理。

 

 

母に対しても、父に対しても、

「諦め」の感情を持っていた。

 

 

そして、「世界」を諦めていた。

 

 

「一人」で戦っていた。

でも、だれかに支えて欲しかった。

守って欲しかった。

愛を与えて欲しかった。

 

 

大人になってからも、

すべて「一人」で対応してきた。

 

 

直近では、母が亡くなったとき。

参列者も誰もいなく、一人で火葬場で見送った。

 

 

乳がんも。

誰に相談することなく、

検査結果の受け止めから

全摘or温存、再建するか否か、手術

すべて「一人」でやってきた。

 

 

全部全部、なんとか乗り越えてきた。

 

 

でも本当は、

誰かに一緒にいてもらいたかった。

 

 

不安を一緒に抱えて欲しい

とかじゃない。

 

 

ただ

「一緒にいてくれる人」

「私の人生で、横にいてくれる存在」

がほしかった。

 

 

だから、

手術台の上に寝た時、

全然怖くなかったけど

看護師さんに手を握ってもらった瞬間

涙が出てきた。

 

 

「ああ。

 こうやって手を握ってくれる人がいる

 人生が欲しかった…

 (私にはいない。さみしい人生だ)」と。

 

 

そして

退院して家に着いて、

やはり出てきた感情が「さみしい」。

 

 

ずっと感じないようにしてきたんだな、

とやっとわかった。

 

 

「仕方ないじゃん。

 こればかりはどうすることもできないし」

と思ってた。

 

 

でも、やっぱりさみしいんだ。

 

 

それを改めて痛感した。

 

 

これから、どうすればいいのかな。