最近、言語学関係の本を買ってない。
もともとは英文学科出身なので、言語学をよくやったんだけど。
で、何年か前の話、本屋さんに行ったら、ソシュール『一般言語学講義』のコンスタンタンのノートの邦訳が出ていて、ビックリ仰天。
こういう邦訳が次々に出るのは素晴らしいですね。ソシュールの生の思想に触れられるような著作がガンガン出るのはうれしい限り。



ソシュール一般言語学講義―コンスタンタンのノート/フェルディナン・ド ソシュール
¥3,150
Amazon.co.jp


一般言語学第三回講義―コンスタンタンによる講義記録+ソシュールの自筆講義メモ/フェルディナン・ド ソシュール
¥3,675
Amazon.co.jp



不思議なことだが、20世紀最大の言語学者とされるフェルディナン・ド・ソシュールは自身の手による本を一つも出してはいない。論文はあるんですけどね。
で、一番有名な『一般言語学講義』は実はソシュールの手によって出版されたものではない。彼の死後にシャルル・バイイとアルベール・セシェエによって編集され、出されたものである。さらにバイイとセシェエはなんと3回にわたって行われたソシュール本人の講義に出席さえしていない。


コンスタンタンという人物はソシュール本人の2回目の講義(1908年11月~1909年6月24日)、および3回目の講義(1910年10月28日か29日~1911年7月4日)に出席して大変な量のノートを残している。
3回目の講義については出席した学生数は12人、うちノートを残したのはコンスタンタン、デガリエ、ジョゼフ、セシェエ夫人の4人である。コンスタンタンのノートの発見は1958年のことであり、彼のノート発見以前はデガリエのノート283ページが3回目の講義の内容を知る最も貴重な資料だったが、コンスタンタンの407ページものノートが見つかり、1967年のルドルフ・エングラー校訂版『講義』に大きな影響を及ぼした。



バイイとセシェエによる『講義』邦訳を読むだけでも充分スリリングで、よく伝わってくる事実なのだが、ソシュールの言葉は比喩が巧みであり、読んでいて知的な刺激に富んでいる。何の予備知識もなくただ読み進むだけで、不思議な思考の冒険に歩まされるような不思議さが漂っている。



しかもまだまだソシュールには読み解かれていない深みのようなものがある気がする。
それが恩師・S先生が言われていた「第3のソシュール」、すなわちアナグラム研究に端緒を開いたソシュールの思索の探求であり、ここらへんからソシュールの思索はもはや言語学を超えてしまったのだと思う。もうこのへんは精神分析とかの領域ですものね。丸山圭三郎の『カオスモスの運動』とか読むとよくわかる(とんでもなく難解だけど)。


しかしながらアナグラム研究と講義との関係を示唆する言及は今のところ見つかっていないようだ。
草稿を整理したロベール・ゴデルによれば、アナグラム関連の草稿は約150冊のノートに整然と、まるで発表の容易が整ったかのように端正な清書が行き届いているという。
現存する書簡等から推測するにアナグラム研究の時期は遅くとも1906年5月~1909年4月の3年間にわたると考えられている。もちろんこの時期はジュネーヴ大学でのソシュールの1回目と2回目の『講義』の時期と重なる。
しかし互いが互いを示唆したり、補い合うような言及は見つかっておらず、あたかもソシュールの中に二つの人格があるかのように言われるゆえんである。



ソシュールの中で『講義』の思索と、アナグラム研究の思索とはどのようにリンクしていたものだったのだろうか。それが今もって非常に気になるし、未だに考えつづけている自分自身がここにいる。