いつも、私のブログにお付き合いしてくれた、あなたへ。


読んで頂いて、大変、感謝してます!


ですが、緊急発表です!


私のブログは、無期限活動停止になりそうです。



そもそも、このブログは、精神疾患を持っていても、


「これだけ、がんばれるんだよ」 と、言う事を発信したくて、書き始めました。


(第一話の頃は、遊び感覚も、ありましたが・・・。)


現在、私は、大学院進学に向けての勉強と、


進学後に、研究についていける様な、『体力』、『精神力』を付けるために、


福祉施設で、リハビリをしています。


疾患を持っている私ですが、進学の夢がかなわなかった場合は、


福祉施設で、指導員として、働くことも、考えています。



前置きが、長くなりましたが、始めさせて頂きます。



8か月間にわたる、長い精神科への入院の後、


かなり、強い薬の副作用で、私は、子供の様になっていました。


(歩くのは、よちよち歩きでしたし、心も子供の頃に帰っていたみたいです)


初めの3年間は、寝ていたり、散歩したり、病院のレクリエーションに


参加したりしていました。



段々、経過も良くなり、その後から、現在まで、福祉施設

(業界では、『作業所』と略される事が多いです)


で、リハビリを兼ねて、仕事をしました。


3か所の『作業所』を経験しました。


初めは、休みたい時に休めて、作業内容も簡単な所に

約4年間いました。


とても、自由な環境でしたが、『作業所』でも、B型とよばれるところで、


時給は、100~150円位で、お小遣い程度の収入でした。


次の1年間は、A型の作業所に移りました。


こちらは、『株式会社』の形態です。


基本的に休まずに1日4時間働くことを、望まれています。

(精神疾患を持っていると、体調に波があり、なかなか難しいことなのですが・・・)


そのかわり、収入は、都道府県で定められた、『最低賃金』以上を、

支払ってもらえます。


(やはり、収入がちがうと、やる気も変わってきます)


また、1年後ですが、現在まで、施設は、変わりましたが、


同じくA型の作業所に通っています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


なぜ、私が、博士課程を目指すことになったのか?


それは、二つ目の『作業所』で、特別な出会いがあったからです。


そこで、働いている友人が、T大学の大学院を目指していることを、


知りました。


その友人は、哲学や社会学に詳しかったです。


それと、囲碁も出来て、ミニサイズの囲碁(13路盤)なら、


対局を、暗記できるという特技を持っていました。


そして、お姉さんが、『芥川賞』 を受賞された作家でした!


名字を出すと、ご迷惑をお掛けするかもしれないので、


ファーストネームで『Sさん』と、書きます。



ある日、Sさんに招待されて、一緒に飲む機会がありました。


話が、なごやかにもり上がった後、Sさんは、私に対して、


厳しくもありがたい意見を言いました。


「ノブオさん(私)は、戦っていない!」


「才能と実績があるのに、それを使っていない!」


という内容でした。


また、「刃物を持って、戦うときは、ちらつかせて、相手を威嚇するものだが、

ノブオさんは、刃物を隠して、最後まで、見せない。」


という内容でした。


それは、本当にその通りだと思いました。


私は、争い事がキライで、いつも避けてきました。


でも、「ノブオさんにも、戦ってほしい。」と言われました。


夜の10時頃から、朝の5時くらいまで、一緒に飲んでいたのですが、


私は、人生をかけることを、したくなってきました。


・・・・・・・・・・・・・・・。


それが、私の大学院進学を目指そうと思った、きっかけです。


何を言いたいのか、まとまりにかける文章になりましたが、


私は、今、博士号取得の為に、奮闘 しています!


精神疾患を持っていたって、がんばれるところをみせたいです!



この続きは、今年の2月の試験の後に書くかもしれません。。。



最後に、今まで、私の周りに、いてくれた、病院の先生、『作業所』の、

指導員と仲間たちに、このブログをもって、感謝の念をささげたいと思います。


I Love Jump !!!


皆さん、飛びましょう!


『精神疾患的科学者』 第一部 完


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8ヶ月間という、長く、長く、ひたすら、退屈だった、精神科の入院生活の中でも、忘れられないヒト達がいます。



元極道のSちゃん、てんかんで、虚言癖のM君という、仲間の他にも・・・。



一人は、ジョンと呼ばれていました。


子犬のように、いつも、誰かに付いて回り、


瞳をキラキラさせて、じーっと、人の話を聞いていました。


だから、『ジョン』という、ペットの様な名前を、Sちゃんがつけたのでしょう。


小柄で、スポーツ刈りの頭がつやつやしていたので、


Sちゃんが、「ジョンは、毛並みがいいなぁ~」と、


言っていました。(本当にペットみたいでした)


でも、ジョンは、ただのペットだけじゃなかったのです。


『ホモっ気』が、やたらありました。


会う時のあいさつは、 「ねぇ、チュ~しよっか?」 でした。


お気に入りの、中年男性がいて、


 「〇〇さんの〇んこに、かぶりつきて~!」


とか、風呂場で、


 「〇〇さんの〇んこ、赤ぇ~~~!!!」


とか、聞かされました。


ゲイの方々も、市民権のある時代です。


誰もジョンを、止めることは、出来ませんでした。



もう一人の忘れられないヒトのH夫(エッチな、「おっと」じゃなくて、イニシャルです)


も、かなりのインパクトを持ったヒトでした。


知的障害で、『裸の大将』の山下清を、痩せさせたみたいなヒトでした。


Sちゃんが、H夫に、一発芸をさせました。


すると、H夫は、ビンを開けるしぐさを「プシュッ!」と、言いながらして、


「コッコッコッコッコッ!」と、言いながら、コップにつぐ、しぐさをし、


それを、一気に飲み干し、


 「男は黙って、サッポロビール!!!」


と、一言いいました。


この、一発芸で、H夫は、一か月間くらい、楽しませてくれました。



でも、そのうち、その芸も、廃れてきて・・・・・、


たぶん、Sちゃんが、


「H夫、もっと、おもしろいことヤレよっ!!」と、


言ったのでしょう。



H夫も、考えました。


・・・・・・・・・・・・・・・・。


そして、次の芸が生まれました!!



まず、H夫は、寒そうに、こごえている仕草をします。


そして、猟師を演じて、悲しそうに、こう言います。


 「あぁ、オラもうだめだぁ! 兎、一匹、採れなかっただぁ~」


H夫は、次に、猟師の奥さんを演じます。


 「いぃんだよぉ~、お前さんさえ、ぶじだったらぁ~」


ただ、これだけの一人芝居です。


でも、これが、妙に切ない、猟師夫婦の愛情を表していて、とても、ウケました。


H夫は、二発目の、その芸でも、一か月間位、みんなを楽しませてくれました。


でも、H夫が、次の芸を、生み出すことはありませんでした。



ジョンH夫、元気にしてるかな~?!



ブログのアップが、大変、遅くなりまして、申し訳ありません。


次回も宜しく、お付き合いください。


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『独居房』から出された私は、最初は、広々としたところに、解放された気がしました。


仲間もすぐできました。


兄貴分で、元極道のSちゃん。


Sちゃんは、左肩から胸にかけて、彫りかけの桜吹雪がありました。


入院前は、薬物中毒で、A刑務所に入っていたそうです。


口癖は、「ここの風呂は、刑務所より、ひでーよ!」でした。


(確かに、風呂に入る時間は、体を洗うのが、約5分、湯船につかるのが、

約5分、合計10分で、落ち着く事ができませんでした)


元武闘派の極道だったのですが、話し上手で、私には、とても優しかったです。



もう一人は、てんかんと、軽い知的障害のあるM君。


虚言癖があり、「実家の居酒屋で、Sちゃんを雇ってやる」。


「あの娘は、Sちゃんに気があるよ」。


「父ちゃんが、銚子で、まぐろをつりあげた」。


とか、嘘をつきまくっていました。


みんな、どこまで本当なんだろうと、思っていましたが、


全部、嘘だと自分でばらし、Sちゃんに ひざ蹴り をくらってました。



たいてい、その3人で、つるんでいましたが、Sちゃんも、


いつも話題があるわけではないし、M君は、眉唾物の話ばかりだし、


退屈な時が、多かったです。



生活は、朝の6時くらいに、起きて、朝食、そして、朝の薬。


昼にまた、食事と薬。


夕食前の4時半に、薬。そして、食事。


寝る前の8時くらいに薬。

(運動不足で薬をたくさん飲むと、便秘になるようで、寝る前の薬は、各自の希望で、下剤をもらうことが多かったです)


後は、ごろごろするだけでした。


病棟は、『閉鎖病棟』といわれるもので、外出は、許可をもらって、

1カ月に数日、実家に帰るくらいでした。


最大の楽しみは、週に1回のおやつです!


予算は、300円以内で、メニューのなかから、好きなものを

選べます。


私のお気に入りは、一口チョコ(サイコロみたいな形のやつ)と、

クリームパン。


Sちゃんは、いつも、『かりんとう』。


M君は、自分のおやつは、取っておいて、分けてくれる人から、

もらっていました。



何も、することが、無い時は、私は、70m位の廊下を、

ひたすら、歩きました。


・・・・・・・・・・・・・・・・。

私は、相当、強い薬を投与されていたようで、


段々、体がうごかなくなり、赤ん坊のような、よちよち歩きしかできなくなってしまいました。


しかし、私は、ひたすら、黙々と、歩き続きました。


つづく

(次回、オモシロ人間登場の予定!)


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