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NobunagAのブログ

家庭菜園、ゲーム、アイドルなど趣味の話題や、子育て、介護関係のことをつらつらと書いています。



昨日は奥さんの誕生日。

いつも「何かほしいものない?」と
聞いても「何もいらない」と
言われるので難しい…


とりあえず俺の好みで、
何か飾れるものをあげようと
アメジストをイメージした
ハーバリウムにした。

生花と迷ったんだが、
鉢植えじゃないと枯れてしまうし
記念に残る意味では
たまには生花じゃなくても
いいかなぁと。


夜は子供たちと一緒に
ケーキでお祝い。


なんか俺がたくさん食べてるけど。


Xでも皆さん、いっぱい
いいねをしてくださって
ありがとうございます。




元々、俺は結婚願望が
まったくと言っていいほど
なかったので…

今の生活というのは、
いまだに不思議でもあるんだ。

奥さんがいて子供がいて、
ごく普通に暮らしている。

普通であることは
幸せだなぁ、とも思う。


そうはいっても、
俺みたいな子供みたいな人に
付き合い続ける奥さんも
大変なんじゃないかな…

酒やらギャンブルやらは
しないし家事もするけれども
子育てもするけれども…


俺という人間そのものが
かなり変わっているので
何年一緒にいても、
なかなか全部を理解するのは
難しいだろうなと思う。

仕事が好きなわけでも
ないくせに仕事には
追われているから、
あまり家にいられない日も
多いからね。

せっかく会社での
立場は上がってもさほどに
金をたくさん稼いでいると
いうわけでもないし。


でも、俺にとっては
奥さんがいるから
その奥さんが産んでくれた
子供たちがいるから
頑張れているのは間違いない。

多分、それがないと
さっさと仕事も辞めて
多分もう畑しかしてないw


あと、どれくらいの時間を
共に過ごせるのだろうか〜、も
漠然と考えることもある。

結婚してよかった、と
思われる男ではいたいよね。

蔦重が作った新しい細見は

花の井の協力もあって、

なんといっても


「瀬川」


のことが載っている最新の

吉原情報誌、おまけに

西村屋と比べて半額!


というわけでバカ売れした。


もちろん、その効果で

吉原の客は激増した。


前回、蔦重は親分たちの前で


やつらに流れる金は、

女郎が体を痛めて

稼ぎ出した金じゃねえですか。

それをなんで、追いはぎみたいな

やからにやんなきゃなんねえんです。

女郎の血と涙がにじんだ金を預かんなら、

その金で作る絵なら、本なら、

細見なら、女郎に客が群がるように

してやりてえじゃねえすか。

それが、女の股で飯食ってる

腐れ外道の忘八の、

たった一つの心意気なんじゃねえすか」


と、立派な啖呵を切った。


蔦重がこれだけのことを言うのは

もちろん、女郎たちのためだ。


だからこそ親分たちも

胸を打たれた。



はたして…


確かに吉原には客が殺到したのだ…


吉原は潤った。


女たちに客は群がった。


花の井改め瀬川にも…。



だけど、その結果起きたことは

当然ながらそのために、

男たちの相手をしなくては

ならない女たちの疲労が

増えたということ。


肉体的にはもちろんだし、

精神的にも…。


あの強い花の井ですらも、

だいぶまいってしまっている。



蔦重は女たちに喜んで

もらいたいからこそ、

西村屋に負けない細見を

作ったわけだが、

確かに客は増えたけれど

そのことが女郎たちにとって

負担になってしまい、

その不満というのは

蔦重の幼馴染である

花の井にすら向いてしまう…。




バカな蔦重は花の井の気持ちに

気づかないから、

せめて良い人に身請けして

もらえるようにと、

当時の女性たちに必要な

教養や嗜みが書かれた

「女重宝記」

をプレゼントすらしてしまう。



これも花の井を喜ばせようと

思ってやっているから

余計にタチが悪いのだ…。



まぁ、残酷である。


蔦重が良い奴だけに、

そこには何の悪意もないから

ある意味、悪人だぞと

開き直っている

忘八よりも厄介だ。



しかし実際のところ、

これこそが吉原のような場所の

難しさなんだと思う。


客が来なければ女たちは

困窮してしまう。


でも客が来すぎると、

女たちは疲弊してしまう。



平賀源内の従者であり

蔦重の友人でもある

新之助の想い人である

うつせみは、

首元に梅毒と思われる

痣のようなものが出来てもいた…


瀬川となった花の井も、

強蔵と呼ばれる

性豪の相手までさせられ

疲れ切っている。



全ては蔦重の善意から

始まっているからこそ

蔦重を責められない面もあるが

もちろん堂々と蔦重のせいだと

責める女も出てくる。



そんな中で有名になった

瀬川のもとには、

鳥山検校と言う盲人の

高利貸しが客として

訪れる。


この鳥山検校は、

やがて瀬川の身請けを

名乗り出るわけだが…


つまりは蔦重が女たちのために、と

やったことが皮肉にも

女たちを疲弊させたうえに

おそらくは蔦重自身も

気づいていないというか、

吉原では御法度だからこそ

意識してこなかった、

愛する相手であろう

花の井を他の男にとられる、

という状況を招くのだ…。



吉原の者たちへの

差別を隠さない鶴屋に

駿河屋親分の必殺

階段落としが炸裂したのは

気持ちの良い場面では

あったのだが…


これも見ようによっては

蔦重は完全に


「忘八側になった」


と、鶴屋に認識されても

仕方ないわけで。


親分たちは頼もしいが、

これから本屋として

やっていきたかった蔦重には

禍根になる可能性もある。



実際、今回の蔦重が

したことは動機が善意であれ

それこそ自分で言っていた


「女の股で飯食ってる

腐れ外道の忘八の、

たった一つの心意気」


を見せた結果として、

女たちを疲弊させてでも

客を増やして儲ける側に


「結果的には」


なってしまったのである…。



前回の7話に対して


「女たちを利用してる

蔦重を良い奴のように

キラキラ描きやがって!」


と、また打ち切り民が

批判していたものだが…


ちゃんとこうして8話では、

そんな蔦重の「善意」が

悲劇を招いてる現実を

描いている。



なんかもう何度も言ってるが


「大河ドラマは48回、

1年間観てナンボ」


なのである。



いいかげん、わかってほしいものだ。


打ち切ってる場合じゃない。



なお、鳥山検校のような

盲人が幕府から手厚く

庇護されていた、というのは

どうする家康を観ていた人は

覚えているだろう。


家康の妻であり秀忠の母、

於愛の方は目が悪かった。


彼女はそんな自分と同じ、

目が悪い者たちに対して

施しをしたりしていたのだ。


それもあって幕府では、

2代将軍である秀忠様の

御母堂が盲人に対して

見せていた優しさを

継承していかねば…と

なっていたわけである。


このあたりは歴史の繋がりを

感じさせてくれる部分だ。


しかし、これが例えば

吉原でしか食っていけない

者たちを救わなければ…!


まではまだ福祉の概念が

発達していないのがこの時代。


あくまでも、


「伝説の神君である家康公の

奥方がしていたことは

継続しなければ…」


くらいの感覚であって、

まだまだ


「誰にでも基本的人権がある」


というところまでは、

人々の意識は成熟していない。



安易に批判する人は

そういった歴史的な背景を

もう少し考えたほうがいい。



その守られているはずの

盲人である鳥山検校にしても、

守られている立場をうまく

利用して高利貸しを

やっているわけだから、

人々のモラルだって

そこまで高くはないのだ。



大河ドラマは歴史を

描いている以上は、

現代と比較しても仕方ない。


文化としても福祉も、

全てが発展途上の時代を

描いている。


そこから学ぶことはあるが、

批判なんかし始めたら

きりがないんだよ。



それに何度も言っているが

このドラマが本当は

何を描きたいのかは、

1年間観なければわからない。



相手の気持ちもわからずに

暴走する奴にはこの台詞が

よく似合っている。






鱗形屋お抱えになった蔦重は、

面白い青本作りに奔走するが、

その鱗形屋は蔦重に隠れて、

偽版作りに手を染めてしまっていた…


そのことに気づいたうえに、

鱗形屋が自分を利用しようと

している話を立ち聞きして

しまった蔦重は憤って、

偽版のことを告げ口に

行こうとするのだが…


できない。


なぜなら一緒に新しい青本の

ネタを考えていたときの

鱗形屋は本当に本が好きで

自分と同じ仲間なんだ、と

わかってしまっていたから…。


一方でそんな優しい蔦重の中にも


「いずれ鱗形屋の偽版が

バレてしまえば、

そのポジションに取って代われる」


という後ろめたい気持ちも、

決してゼロだったわけではない…。


この辺の人の気持ちの難しさ、

というものがしっかりと

描かれていた。


勧善懲悪、悪者が捕まって

スッキリ!!


という感じではないので、

捉え方が難しい視聴者も

いたかもしれないけれど。


捕まえにきたお役人の中には

あの長谷川平蔵もいて、

蔦重のことを知っている平蔵は

そいつは吉原の人間だから

鱗形屋とは関係ない、と

見逃してくれた…。


ここは平蔵が大人になり、

立派になってきた部分で

もちろん平蔵自身が、

以前は蔦重(と花の井)に

一杯食わされたわけだが

全然、恨んでいないことの

証拠でもある。


今回、鱗形屋が捕まったことで


「結果的に得をしてしまった」


蔦重に対して平蔵は


「濡れ手に粟餅」


なることを言って励ます。


経過がどうであれ、

お前が得が出来たのなら

それでいいじゃないか、

武家の世界だって

そんなもんだ、と。


これには当然ながら、

以前、蔦重たちに騙されて

でも結果的には吉原を

救う手助けができた

平蔵自身の経験もあっての

優しい言葉だろう。



まあ、直虎もそうだったが

森下佳子脚本の怖さというか…


鱗形屋と楽しそうに、

物語には悪人がいると面白い、

みたいなことを蔦重に

語らせておいて

最後にはその鱗形屋が

捕まってしまう、っていうね…。



告げ口をしなかったのは

本当に蔦重の優しさだとは

思うんだけれども、

告げ口以前に


「鱗形屋さん、バレちまいますよ、

まずいですよ」


と一言声をかけていれば、

こうなることは防げたかも

しれないのだが、

蔦重にはそれが出来なかった。


出来なかったことも優しさなのか?


それとも、心のどこかで

いつかバレてくれれば

自分が取って代われる、

という思いがあったのか…


そのあたりは視聴者の

想像にお任せします…


どちらとも取れるよね、

というのが非常に上手い。


物事そのものが白と黒だけに

塗り分けられるわけじゃないし…。



鱗形屋とて最初から

悪人だったわけでもない。


あの火事のせいで、

色々うまくいかなくなって

しまった結果、

偽版に手を染めてしまった。


このまま退場となるのか、

それとも…?



蔦重のことを恨んだまま、

サヨナラになるのは

切ないものがあるな…。