


鈍感さ加減を発揮して
おキツネさまにバカと
言われてた蔦重も…
花の井が、
鳥山検校と親しくしている
様子を見るとヤキモチを
焼くようになり…
そして、身請け話が持ち上がると
ようやく自分が花の井を
好きだったんだ、ということに
気づいたわけだが…
あの朴念仁でバカな蔦重も
ちゃんと花の井に告白。
彼女が年季明けまで
勤め上げたら妻にする、と…
そんなこともあって
花の井も鳥山検校からの
身請け話を断ってほしいと
松葉屋の主人半左衛門と
その妻のいねに伝える。
1000両(今の価値にすると
5000万〜1億…)も出す、と
言っているものを
断るんだから、
とんでもないことだが…
あえてそこまですれば
もっと「瀬川」の価値は
上がるだろうと
花の井はもっともらしく語る。
いねはあっさりと了承した。
が…それには裏があった。
同じ元花魁でもあった
いねにはわかっていたのだ。
「こりゃマブが出来たね」
と…
しかもその相手はきっと
幼馴染でもある、
いねや夫もよく知る蔦重…。
いねは花の井に監視を
つけたが2人は、
貸し本に手紙を挟んで
やりとりするなどしていて
尻尾をつかませない。
業を煮やしたいねが
思いついたのは、
とても残酷な方法…
花の井に一日に何人も
客をとらせることにしたのだ。
「そんなことをしたら
瀬川の名が落ちる」
と花の井は嫌そうにするが、
自分は四代目瀬川を
よく思っていない、
瀬川の名前にそんな価値はないと
いねは聞き入れない。
おまけにそこに
半左衛門が蔦重を呼び出し
年季明けまで勤めるとは
こういう辛いことをさせる、
ということなんだ、と
わざと見せつける…。
しかし蔦重は諦めない。
2人はひそやかに足抜けを
計画する。
が、2人がそれを決行する前に
蔦重の友人でもある新之助と
瀬川と同じ松葉屋の女郎、
うつせみが奇しくも
蔦重たちがしようと
していたのと同じ方法で
足抜けを試みていた…
大門を出ることには
成功したものの、
すぐに松葉屋にバレて
吉原からの追手に
捕まってしまう。
…いや、新之助さんが
ものすごく自信満々に
刀を抜いたもんだから、
めちゃくちゃ強いのかと
期待したんだが…
すっげーあっさり捕まった…
新之助という人は
オリジナルキャラなんだが
どこかの御家人の三男坊、
という設定なので普通の
町人ではなく武士。
だが、武士であっても
金を払わずに女を足抜けさせ
駆け落ちするなどは
許されないのだ。
新之助も捕らえられて
暴行され…解放はされたが
逃げようとしたうつせみは
いねから厳しく折檻される。
本当ならばこういうときは
裸にされて縛られぶたれる、
など拷問のような方法が
行われたそうだが、
さすがにそこまでは
しなかったけれども
水をぶっかけながら、
いねは
「そんなことで幸せに
なれると思ったのかい!!」
とうつせみが泣いても
厳しく叱り続けた。
もちろんその様子は
花の井ら他の女郎たちも
見ていた。
「逃げるとこうなるんだ」
という見せしめでもあったが…
花の井はいねの気持ちは
もっと違うところに
あるのではないか…と
感じ始めた。
いねは本音を語った。
四代目瀬川が身請けされ
幸せになっていれば
大手を振って大門を出ていき…
他の女達も次々と
瀬川を目指して身請けされる
ようになったのに、と。
瀬川は己の色恋大事で、
自害なんかしてそのことが
美談のように語られて
女郎たちは「瀬川になる道」を
なくしてしまったし、
松葉屋としても
「瀬川の身代金をなくした」
のである。
だからこそ花の井が
瀬川の名跡を継ぎたい、
幸運なものにしたいと
言ってくれたとき、
いねは嬉しかったのだと。
これでみんな救われる。
いねにはわかっていた。
「ここは不幸なところさ。
けど人生をガラリと変える
ようなことが起きないわけじゃない。
そういう背中を女郎に見せる務めが
「瀬川」にはあるんじゃないかい?」
その通りなのだろう。
花魁になること、
瀬川を継ぐことは
ただ自分のためだけではないのだ。
そんな憧れの存在が、
大門から幸せに出ていく姿を
後輩たちに見せることによって、
彼女らはいつか自分たちも
そうなれるかもしれない、
そうなりたいと思えばこそ
こんな地獄のような場所で
耐えていける。
いねにそれがよく
わかっているのは、
彼女自身が花魁だったから。
彼女は松葉屋の主人、
半左衛門に運良く見初められたが
蔦重と花の井が最初に
考えていたように
吉原の男と女郎が一緒になるには
女が年季明けするまで
待たなくてはいけない。
しかし…年季明けまで
勤めるということは
毎日のように客をとり
それこそ10年も耐える
ことになる。
それでも女将となった
いねはマシな方だろうが…
花魁として身請けされて
幸せになる姿を
後輩たちに見せられなかった。
それどころかいまや
忘八の一人として
地獄の門番のように
なっている。
花の井にはそうなってほしくない。
他の女たちが彼女に憧れて
ここを出て行けるようになること、
それこそが、いねの願いなのだ。
花の井もそれを理解した。
蔦重も受け入れるしかない。
半左衛門のやり方も
好きな女が客に
抱かれるところを見せる、
一見恐ろしいやり方だが、
年季明けまで好きな女を
勤めさせることは、
こういうことなんだ、
だから吉原の男は、
女郎に惚れちゃダメなんだと
心を鬼にして伝えたのである。
「育ての親」である駿河屋に
こんなことを伝えたら、
また蔦重はぶん殴られる
だろうし殴られただけでは
伝わらない。
松葉屋の親分として、
蔦重にしっかりと教えた。
なぜなら花の井も蔦重も
「みんなの子供」
なのだろう。
吉原で暮らす若者たちは
そのほとんどが売られるか
捨てられるかした子供。
蔦重のことも駿河屋が
育ての親であるが
それ以前に忘八たちみんなの
「息子」
でもある。
息子だからこそ、
時には厳しく現実を伝える。
彼らを傷つけない方法になる。
それでも花の井は、
蔦重がこんなに
「バカなこと」
をしようとしてくれたことを
これからも支えにして生きる、
と胸に刻んだ。
2人の恋は悲恋に終わったが、
これで良かったのだろう…。
なんとも難しく、
そして哀しい話であった。
半左衛門やいねが最初は
悪人に見えてしまうのだが、
彼らがあえて乱暴に
振る舞っているのは
「本当の幸せとは何か」
を自分たちこそが、
よく知っていたからだ…。
足抜けなんかしたところで、
新之助にせよ蔦重にせよ
金がない。
身請けもできない
男たちである。
仮に吉原から逃げても
外の世界でやっていける
わけもなく…
女は今度は夜鷹となって
生活する羽目になるだけで
幸せになんかなれない。
そうなるよりもちゃんと
金のある男に身請けされ
吉原を出ていくほうが
よほど現実的に幸せに
なれる方法なのだ。
残酷だ、放送するな、と
文句ばかり言っているが
それに対する答えが
明確に描かれていた。
吉原をなくせ、と言うだけなら
簡単なんだ。
なくなったらどうなる?
元々が吉原の外の世界とて、
貧乏人であふれていて
野垂れ死にする人間が
たくさんいる時代を
描いている。
駆け落ちなんかしても、
外の世界でやれることは
結局、身体を売るような
ことをして稼ぐしかない。
それならばまだ、
システムとしてそれが
構築されており、
幕府から公認されている
吉原にいたほうが、
メシの心配だけはしなくて済む。
どうせ外の世界に出るなら
そのときはせめて、
経済的に困らない形で
出ていってほしい。
そうしなければ外では
生きられないのだから。
子供たちを手放している親とて
「育てられないから」
売るなり捨てるなりしている。
まだ、吉原にいるほうが
大人になれる可能性が高いから
そうしている。
これをいくら責めたところで
「そういう時代だった」
としか言いようがない。
それしか方法がないから、
せめてその中で幸せを
つかめるようにと
忘八たちもそんな子供たちを
「育てている」
のである…
これは忘八たちにとっても
辛いに決まっている。
下手したら駿河屋の親分なんて
情が深すぎるので、
ひとしきり蔦重を
ぶん殴ったあとで…
ひそかに蔦重に協力して
2人を逃がすようなことを
する可能性だってある…。
でもそんなことをしても
2人は幸せになれないし、
駿河屋だって罪に問われかねない。
だから松葉屋はこれは、
自分たちが片付ける問題だと、
心を鬼にして
「子供たち」
に教えたのだ…。
辛いか辛くないかでいえば
辛いに決まっている。
吉原というシステムだって
幸せなわけはない。
だけどそうしなければ
生きることさえ、かなわない…
それがあの時代を取り巻く
背景である。
木を見ず森を見よ、
ということでもあるかもしれない。
一本の木は傷ついている。
でもそれが集まれば
大きな森はできる。
蔦重や花の井という木だけ
なんとか成長したところで
森が滅びてしまっては
いけないのだ…
親分たちは、そこまで見ながら
吉原をギリギリのラインで
維持している。
以前、Xには書いたが
江戸の人口というのは
2∶1で男のほうが多かった。
どういうことかというと、
「女を売る」
ならばそれだけの需要があった。
吉原は幕府が認めているから、
もちろん中にはひどい客も
来ることはあるのだが、
道端で襲われるようなことはなく、
あったら処罰される。
蔦重のような吉原の男と
女郎たちは恋仲に
ならないからこそ、
ビジネスの関係でいられるし
必要以上に傷つくことはない。
傷つかないほうがいいから、
恋愛を原則禁止している。
松葉屋はレアケースだが、
おそらくはいねさんが、
年季明けするまで主人は待った。
その間、いねさんは
どれだけの地獄を見たか。
自分が味わった地獄と
同じ思いをさせたいわけがない。
だから2人とも心を鬼にして
蔦重と花の井の恋を、止めた。
「恋愛は自由じゃないか!」
「女衒が!性奴隷が!」
と、ただ罵るのは簡単だが
「じゃあ具体的にどうやって
彼らが生きられるように
してやれるんだ?」
ということである。
ただでさえ江戸時代の
寿命は短い。
寿命が短いということは
子孫を残したいという
欲求が現代よりも強くなり
性犯罪も起きやすくなる。
「男が悪いんだ!」
は平和すぎる考えだ。
子孫を残したい、は
根源的な欲求なのであり
「男の数が増えすぎて
なおかつ相手となる女たちも
早く死んでしまう」
という状況は
「人間」
という種族にとっても、
危機的な状況なのだ。
だから犯罪が増えてしまう。
せめて、そうならないために
「必要悪」
として吉原があった、
それだけのことだ。
そして吉原で暮らすなら
人間らしい情をいつまでも
持っていると、
苦しまなきゃいけなくなるから
立場が上がるほどに
「忘八になったほうがいい」
ということになる。
この複雑さがわからないなら
観ないほうがいいだろう。
松葉屋がどうして、
駿河屋にはチクらずに
自分たちで解決したのか
よく考えたほうがいい。
おそらく駿河屋の親分は
先程も書いたが、
暴力的だけどかなり情が深い。
蔦重への可愛さ余って、
判断を間違って彼らを
逃がす手引きをしてしまう
可能性がある。
でも、それが将来的に
蔦重と花の井自身もそうだが
結果として長い目で見て
「吉原で暮らす者にとって」
メリットがあるかどうか…。
足抜けすることが
当たり前になったとて
足抜けした者たち自身は
路頭に迷う。
なおかつ足抜けに憧れ
皆がそれをしたら
吉原のシステムは崩壊する。
崩壊したほうがいい?
性を売る場所なんかないほうがいい?
でも足抜けしたところで、
幸せにはなれない。
それならばまだ、
吉原のほうがマシなのだ…
これはべつに吉原が悪い、
幕府が悪い、ではなく
当時の状況的にそこがないと
もっと死人が出たってこと。
この哀しい現実を
正面から描いているから、
頭の悪い、そして
潔癖すぎる漂白民には
理解できないだろう。
理解できないならば
観ないほうがいい…。
