残念ながら父は今朝方
亡くなりました。
あまりにもあれよあれよと
悪化していってしまうため
何の手も打つこともできず…
昨日はやはり泊まってあげた
ほうが良かったのか
どうであったのか…
朝、6時30分頃、
病院からの電話がきて
着いたときにはもう…
でしたね。
とはいえ昨日も一日そばにいて
自分なりにとくに特別な
言葉をかけるよりも、
いつものようにごく普通に
声だけはかけて…
色々なことをきっちりと
決めたい父からしてみたら
こんな無念な最期もない、
とは思いつつも…
これだけ急であれば
良い意味では死後のことなど
思い悩む時間もほとんど
なかったとは思うので…
これはこれで良かったのかも
しれません。
まぁ…残された俺は
正直、父がやっていた
家のことが全然わからないので
けっこう途方に暮れてるんだけど
これも父らしいかもな、と…。
死後、とんでもないことが
発覚したのは俺に言うと
怒られるから極秘裏に
車を買う計画を進めていたw
来月、購入を決める予定に
なっていたそうで。
おそろしや…!
買っていたらさらに
大変なことになるところで
ありましたよ…。
父はとにかく新車が好きで
すぐに買うんだよね。
これまで何台買ってたのやら。
乗れればなんでもいいや、の
俺にはよくわからないけど
強いて言えばそれも
父らしさではあったのかな。
でも、さすがに年を取ってきたので
あまり無駄遣いしないほうが…
と、何度か言うたびに
俺が怒られてはきたけど
内心は気にしていたのか
たどり着いたのが
「息子に内緒でコトを進める…」
弟や叔父さんは知ってた…。
あー…俺の奥さんも
知りませんでした…。
さすがだな、父らしい。
でも、父に感謝してるのは
とにかく俺とはあまり
仲は良くなくて話すと
すぐに喧嘩になるから
普段から俺のほうが距離を
作ってる感じでしたが…
俺の奥さんには
優しかったんだよね。
だから同居もわりと
うまくいっていた。
これについてはとても
感謝はしています。
あと…父の立派なところは
友達が多くてそれを
大切にしていたことかな。
母が死んでからは
自分も死にたい、死にたいと
言ってはいたものの、
そうしたご友人方が
仲良くしてくれていたから
みんなと旅行に行ったり
酒を飲むのは楽しみにしていた。
俺などはあまり他人と
親しく交わることが
本当は得意ではないので
ここは父に比べると
全然、ダメだとは思います。
仕事での顔は広いけれども
それだけだからね。
突然、亡くなるのはやはり
どう考えても
無念だったろうとは思います。
「正月には帰れるかな?」
と、呂律が回らないながらも
一週間前には会話が
できていたんだものね。
それがこんなに日に日に
悪くなるとは俺も医師も
想像がつかないスピードなんだ。
父もこんな結末になるとは
思ってなかったに違いないし…
まるで事故死みたいに
あっという間に逝ってしまった。
弟も妹も泣いてはいたけど
俺はいまいち感情が麻痺してるのか
あまりピンとこないのか
涙も出ない感じ。
母の時はある意味、
準備期間はあって
普通の癌であれば
それが良いところでもある、
とも言われているけれど。
どうなんだろうね…
それはそれで俺には
悲しい時間が長くて
なんとかしてあげたいのに
なんにもしてあげられない
という時間は永遠のようで
すごく辛かった。
今回のように何も
してあげられないのだけど
その時間が短く終わった、
というのは少しは俺を
ラクにしてくれたのかも
しれないのかも。
とはいえやはり
こんなに突然だと本当に
何の準備もしていない
何もわからないままに
進めていかないと
いけないので…。
とにかくこの数日を
なんとか乗り切ろう…。
原因不明のまま、
こんなふうに亡くなる
病気が存在していることは
なんというか…
腹立たしいよね。
本人なりに健康には
気を使ってきた。
最初に入院した病院も
転院した大学病院も…
父が自分で受診していた
病院も…
たくさんのドクターが関わり
それでも誰も原因が
突き止められずに
こんなに早く命を落としてしまう。
同じ病気で亡くなる方が
出ないほどに医療が
発展してほしいと
願うばかりです。
