光る君へ
第48回「物語の先に」前編
寛仁四(1020)年。
道長と再開したまひろだったが、
倫子からの呼び出しがかかった。
「それで…あなたと殿は
いつからなの?
私が気付いていないとでも
思っていた?
あなたが屋敷に来てから
殿のご様子が何となく
変わってしまって。
あなたを見る目も
誰が見ても分かるくらい
揺らいでしまって…
全く…」
呆れるように倫子は言う。
「あなたが旅に出たら
出家までしてしまったんだもの」
倫子はかつての呼び名で
呼びかけた。
「まひろさん
殿の妾になっていただけない?」
意外な申し出であった。
「そしたら殿も少しは力が
おつきになると思うのよ。
どうかしら?」
まひろはこたえない。
「いつごろからそういう
仲になったの?」
「初めてお目にかかったのは
9つの時でした」
「9つ…」
倫子よりずっと先に
出会っていたことに驚く。
「道長様は三郎と名乗って
おられました」
「身分も違うのにどうやって?」
倫子のような上級の貴族から
してみたら考えられないことだ。
「飼っていた鳥が逃げてしまい
追いかけて鴨川のほとりまで
行きました。
そこで…」
「家を出ることなぞ
許されたの?」
これも倫子のような身分の者と、
かつてのまひろの家のような
下級貴族との違いである。
「このような立派なお家では
ありませんので…
泣いていた私に三郎と名乗る男子が
お菓子をくれました。
優しくておおらかで背が高くて…」
まひろは懐かしそうに語る。
「また会おうと言われましたが
約束の日…。
母が殺されてしまい
会いに行くことができませんでした」
さすがに倫子も同情の目を向ける。
「殺された?」
「母を殺した男は
道兼と呼ばれていました」
道兼…倫子にも分かる。
「心惹かれた男子が
母の敵の弟だと知った時は
心が乱れました」
「それなのにあなたたちは
結ばれたのね…」
その苦難がどれほどで
あったかと思うと、
倫子が入る隙がないことは
明白でもあり哀しいことでもある。
「そうでしょ」
「道長様と私が親しくしていた
散楽の者が殺されて…
2人で葬って…
道長様も私も
悲しみを分かち合えるのは
お互いしかいなかったのです」
母の死…友の死…
それを乗り越えるために
そうなることが自然だったのは
倫子にもわからないでも
ないはずである。
「あの漢詩の文はあなたのもの
だったのね」
「はい」
まひろは頷く。
が、倫子にとっては
なぜあのときに正直に
言ってくれなかったのだろう、
という思いになるのも
また無理はないことだ。
嘘をつかれた…
それは倫子にとっては
とても辛いことだ。
「彰子は知っているの?」
倫子の声に怒りが混じった。
「あなたは…どういう気持ちで
あの子のそばにいたの?
何も知らずにあの子は
あなたに心を開いていたのね。
あなたは本心を隠したまま
あの子の心に分け入り
私からあの子を奪って
いったのね。
私たち…。
あなたの手のひらの上で
転がされていたのかしら」
倫子の声には怒りだけでなく
深い悲しみがあった。
「そのような…」
「それで全て?
隠し事はもうないかしら?」
「はい」
まひろはそう答えるしかない。
まさか、賢子のことまで
言うことはできない。
「このことは死ぬまで
胸にしまったまま
生きてください」
倫子は冷たい声で
それだけを告げた。
「はい」
まひろは沈んだ顔で、
廊下を歩く。
何も知らない賢子が
「どうしたのですか?
そんなに浮かない顔なさって」
と声をかけてきた。
「何でもないわ。
あなたはどうなの?」
「太閤様にも太皇太后様にも
よくしていただいているから
安心してください」
賢子は笑顔を見せる。
「そう…」
道長は縁側で碁を打っていた。
「ん…」
「よろしいかしら」
「うん」
倫子がやってきた。
「藤式部と何を話して
おったのだ?」
「何ということも
ございませんわ。
取りとめもない昔話を」
「ふ〜ん…」
道長は碁石を置く。
「嬉子のことですけれど…」
「うん」
「嬉子はもう裳着も
終わっておりますゆえ
いつでも東宮様に
奉れます。
頼通にお話くださいませ」
道長は倫子を見る。
「どうしたのだ?
様子がおかしいぞ」
「次の帝も我が家の孫ですけれど
その次の帝も、そのまた次の帝も
我が家からお出ししましょう」
倫子も碁を打った。
まひろと道長が辿った
道筋には到底、
自分は届かない。
倫子が道長のために
できることは、
政治的な相棒として
道長を支えること…
そう割り切ったのか、
倫子は笑顔を見せた。
きぬと乙丸が作業を
しているとまひろの
琵琶が響いてきた。
「何かあったのかしら?」
「帰り道は何もお話しに
ならなかった…」
まひろは寂しげに琵琶を弾く。
と、弦が切れた。
何かの終わりを告げるように。
内裏では顕光が
「ああ…。
ではこれより…。
何を議論するのであったかな…」
とすっかり老いた姿を
晒していた。
「諸国の租税減免についてに
ございます」
と、公季が促す。
「ああ。では右大臣よしなに頼む」
そして眠り始めてしまう。
皆が呆れた様子で見ている。
頼通がやってきた。
「左大臣!目を開けよ!
そのようなことでは
左大臣は務まらぬ。
辞表を出されよ」
頼通は道長に言われた通り
皆の前で顕光を叱責した。
珍しく怒った様子の頼通に
皆が目を見張る。
「辞表?」
「顕光殿の辞表である」
道綱はその様子を
道長に報告しにきた。
「ついに左大臣が辞めると
思うのだ」
「ご決意されたか」
「俺、大臣になれないかな?」
「ん?」
「一度、大臣やりたかったのだよ。
だって25年も大納言をやって
おったゆえ」
「25年、大納言であったということは
大臣ぞ所詮無理だという証し」
道長はにべもない。
「分かってるよ、そんなこと。
それゆえちょっとだけって
頼んでいるのじゃないか。
ちょっとだけでいいよ。
すぐ辞めるから。
ふたつきやみつきで」
軽い調子の道綱に
道長は渋い顔をする。
「頼通に頼んでよ」
道綱は甘えるように
道長の手を握る。
「兄上にとって政とは
何でありますか?」
「政とは…。
地位だろ。
母上が男は座る地位で
育つのだって
おっしゃっていたゆえ」
道長の顔が曇る。
道綱はすぐに
「変なこと言ってごめん。
俺を嫌いにならないで!」
と、道長の顔をつかんだ。
「嫌いにはなりませぬ」
それから時が経ち…
万寿二(1025)年。
赤子の泣き声が響く。
東宮の后となった道長と倫子の
4番目の娘、嬉子は皇子を産んだ。
しかし、その2日後
僅か19歳で世を去った。
読経が響く中、
倫子も道長も涙に暮れた…。
帝もあれから成長している。
後一条天皇のもと
道長時代の公卿は
実資、斉信、行成だけとなり
道長の息子たちが
政の中心を占めるように
なっていた。
「これより除目を始めます」
頼通が宣言する。
「うむ」
帝が頷いた。
「ああ…皆、立派になって
よかった。
まことによかった」
俊賢は万感の思いをこめて
そう述べている。
「殿は冷たいお方だったけれど
頼通様がお優しい方で
我が家は救われました」
頼通は腹違いの弟たちにも
出世の道を開いてくれていた。
「道長様を恨んではならぬぞ」
と、俊賢が注意する。
「フフフ」
明子が笑うと俊賢が
「フッ…」
と笑い返す。
「生まれてこの方
苦しいことばかりで
あったけれど…。
あなた方を産んだことだけは
よかった」
息子たちを前に明子は
素直にそう述べた。
珍しく俊賢も
「俺が出世できたのも
明子のおかげだ。
礼を言う」
と深々と頭を下げた。
「何を今更…」
皆が笑う。
「さあさあ、飲もうではないか」
明子もどこか晴れやかな顔で
皆を見つめた。
「そ〜れ!」
賢子が幼子を抱き上げ遊んでいる。
亡き妹、嬉子の皇子
親仁を引き取った
彰子は2人目の女院となった。
賢子は高貴な姫たちを
差し置いて御乳母に
任じられた。
「よっ!」
賢子は親仁を高く持ち上げ
遊んでいる。
「おお…危ないではないか。
皇子様におけがでもあったら
どうする」
道長がやってきた。
「私ももう2年も
御乳母を務めております。
お任せくださいませ」
彰子が
「越後弁は藤式部の
娘ゆえ万事はっきり
しておるのだ」
とどこか楽しそうに言う。
まひろがいなくなってから
賢子は母に代わる、
彰子の相談役へと
成長していた。
「まことに」
道長もついそう答えた。
「行きますわよ、親仁様」
「うん」
そんな賢子のもとに、
頼宗が忍んでくる。
「皇子様を放っておいてよいのか」
「お昼寝中」
賢子は頼宗の手を引き
部屋へ招き入れる。
「お前、定頼とも朝任とも
歌を交わしているそうではないか」
「私は光るおんな君ですもの」
賢子は頼宗に頬を寄せると、
すぐに身を離し
「それがお嫌ならもう
お会いしません」
と告げる。
頼宗は抱き寄せると
「俺のような上流の者に
めでられるておることを
ありがたく思え」
と言ったが
「さあ、どうかしら」
賢子は逆に頼宗を
押し倒した。
「上流だって優れた殿御は
めったにおられませんわよ」
「北の方様が嬉子様の
お体をお触りになると
ひどく冷たくおわします。
これこそが生きている人から
変わってしまわれた
ということなのですが、
殿も北の方様も、
わたしたちを見捨てて
どこへどこへ、と
はげしくお泣きになって
果てることがありません」
赤染衛門が、
自ら書き記した道長の
物語を倫子に読んでいる。
嬉子の亡くなる場面になると
倫子は涙を袖で拭った。
「嬉子様のお話は
やめておいた方が
ようございますか?」
衛門が気遣う。
「そのままでいいわ」
「あの…」
「何?」
「果たして私が書いたものは
枕草子や源氏の物語のように
広く世に受け入れられましょうか…」
「自信を持ちなさい。
見事にやってくれています」
倫子は胸を張った。
「あなたは私の誇りだわ」
衛門は嬉しそうに頷いた。
道長は四納言を招いて
酒を飲んでいる。
「さあさあ、行成殿」
俊賢が勧める。
「近頃、めっきり酒に
弱くなりました」
「アハハハ」
と俊賢が笑った。
「もともと弱いではないか、
行成は」
今は出家した公任がからかう。
「そうなのですが、
ますます…」
「いや…俺もそうだな」
寂しそうに道長が言った。
斉信は
「酒は飲めるがかわやが
近くなったのが一番困るな。
陣定の最中に立つのは
どうも体裁が悪い」
とぼやいた。
「斉信ももう出家しろよ。
体裁なぞ気にせずに
いられるぞ。なあ」
公任が道長に振った。
「うん」
「俺、坊主似合うかな…」
不安げに言う斉信に皆が笑う。
「ああ…皆様、私よりお若いのに
情けないことですな」
年長の俊賢が言う。
「私はまだまだやりますぞ。ん?」
「頼もしいことだ」
道長が声をかけた。
「かわやは近くないのかよ」
斉信が尋ねる。
「まっ…。
…ったく平気にございます」
手を広げる俊賢に、
皆がまた笑い声をあげた。
皆、年は取ったが、
こうして友としては
誰も欠けることなく
変わらぬ付き合いが
続いていることが、
道長の癒やしでもあった。
乙丸が亡くなったきぬのための
仏像を彫る中で
「物思いばかりして
月日が過ぎたことも知らぬ間に
この年も我が生涯も
今日で尽きるのか
一日からの行事を…」
ちぐさ、という少女が
源氏の物語を読んでいる。
この娘は菅原孝標の娘で
後に更科日記の作者となる。
「大臣への御引出物、
様々な身分の者達への禄など
またとないほどご用意された
ということでございます、とか」
「フフフ」
聴いていたまひろが笑う。
「こんなところで終わってしまうなんて
おかしくありません?」
「そうかしら?」
「光る君の最期を書かなかったのは
なぜだとお思いになります?」
「さあ…」
「この作者のねらいは…
男の欲望を描くことでわよ、
きっと」
まさかまひろが作者だと
知らないちぐさは
訴えかける。
「え?」
「それゆえ男たちの心も
引き付けたのです」
「なるほど」
「男たちに好評でなければ
これほど世に広まりませんもの。
それと読み手の女たちが
作中の誰かに己を重ね合わせ
られるよう、
さまざまな女を描き出したのでしょう。
そのために女たらしの君が
次から次へと女の間を
渡り歩くことにしたのです」
そうに違いない!とばかりに
ちぐさは語り続ける。
まひろは微笑みながら
聴いている。
「つまり光る君とは
女を照らし出す光だったのです!」
「フフフフフ」
まひろがちぐさを見送ると、
「あら」
「今の娘、何ですの?」
ききょうがやってきた。
一度は決裂してしまった2人だが、
あれから数年がたち、
またこうして交流が生まれていたのだ。
「市で出会った子なのです。
書物を落としたので
拾ってあげたらそれが
源氏の物語で。
私が興味を示したら
それ以来よく遊びに来るのです。
源氏の物語。読み聞かせて
くれるのです」
呑気にまひろは語る。
「なんたることでございましょう。
私こそが作者だとおっしゃらないの?」
「言わない方が面白う
ございましょう」
「相変わらず物好きなお方」
「いたたたた…。
ああ…」
だいぶ年をとったききょうは
腰を下ろすにも身体が痛む。
「情けないことですわ。
このごろ膝がもう…」
ききょうのほうがまひろより
いくぶん、年上である。
いや、まひろが年齢以上に
若いのかもしれない。
が
「私も同じです」
とまひろは同意する。
「まひろ様は私より
お若いもの」
ききょうは相変わらず
気の強さを見せる。
「脩子様はお健やかに
おわしますか?」
「ご不自由なくお過ごしで
ございます。
道長様が左大臣の頃に
さんざんひどい目に
遭ったことを思えば
今は夢のようにございます」
そういいながらも、
ききょうからは強い恨みの
色は消えていた。
あくまでチクリと刺したいだけなのだ。
「それは何よりでございました」
「何だかお暇そうだけれど
もうお書きにならないの?」
「ききょう様は?」
「私はもう書く気はございません。
亡き皇后様のように
私の心をかきたててくださる方は
おられませぬし、
あのころのような熱意も
ありません」
「そうですか…」
お互いに老いていくのだ、
ということをまひろも
実感する。
「されど思えば枕草子も
源氏の物語も、
一条の帝のお心を揺り動かし
政さえも動かしました。
まひろ様も私も大したことを
成し遂げたと思いません?」
あの頃は政治的な立場が
対立していただけであり、
ききょうが言うように
彼女とまひろとは、
普通の女には
できないことを
やってのけた戦友のような
ものなのだ。
「ええ。米や水のように
書物も人になくては
ならないものですわ」
「まことに!」
「でもこのような自慢話、
誰かに聞かれたら
一大事ですわ」
2人は声をあげて笑った。
そんな2人を見守るように
空の鳥籠が揺れている。
嬉子に続き顕信と妍子も
亡くした道長は、
11月になって病が重くなり
自ら建立した法成寺に
身を移した。
落葉が舞う中でまひろは
書物を読んでいる。
「お…お方様!」
乙丸がまひろを呼ぶ。
歩いてきたのは
「帥様」
隆家であった。
「もう帥ではない」
「あ…」
隆家はまひろの家を見渡した。
まひろの父である為時も、
すでに上級貴族には
なっていたのだが、
相変わらず屋敷は
昔のままだ。
「なかなかに…風情のある
住まいだな」
隆家はおかしな言葉で褒めた。
「太閤様のお加減が
悪いそうだ」
あの大宰府での様子から
2人に何か特別な関係が
あることくらいは
気づいていたのだろう。
隆家はそれを知らせに
きてやったのだった。
「そなたもお世話になったのであろう?」
まひろは戸惑い、頷く。
「大宰府までそなたが参るゆえ
面倒を見てやれと仰せになるのは
よほどのことだ」
倫子も言っていたように
こうしたひとつひとつが
周りから見たら、
明らかにおかしい…と
思ってしまう道長の
素直すぎるところなのだが…
「娘も取り立てていただき
ましたので…
そんなにお悪いのでございますか?」
「嬉子様と妍子様を立て続けに
亡くされ、
すっかり気落ちされたのであろう。
我が子を道具のように使うた因果だ」
そこは隆家もさすがに
道長に同情することも
やはりできなかった。
結果的にだが道長は
娘たちをうまく利用して
のし上がったことは
否定できない事実でもあるし、
そういうことをしたがゆえに
やがて己に返ってくる…
因果応報、というのが
この時代の考え方である。
まひろもやはり否定できない。
「ああいう姿を見ると
俺は偉くならなくて
まことによかったと思う」
隆家はホッとしたように言う。
「大宰府では大層な
お働きでしたのに…」
まひろは残念そうに言った。
あのときの隆家は頼れる指揮官で、
民にも慕われたまさに、
理想的な政治家であったのだ。
「都の者はそれを知らないので
ございますね」
「俺は先頃、中納言も返上した」
隆家は笑顔で胸を張った。
「内裏のむなしい話し合いなぞに
出ずともよくなっただけでも
清々した」
強がりではなく心底隆家は
そう思っているのだろう。
明るい顔で語る。
「あ…隆家様らしい
お言葉ですこと」
読経が響く中で、
百舌彦が手を合わせている。
道長の回復を僧たちが
祈っているのだ。
…が、状況は芳しくなかった。
倫子は…ある決断をする。
百舌彦がまひろのもとを
おとずれた。
「北の方様がお呼びで
ございます」
まひろは驚き為時を見た。
おそらくはあれ以来、
まひろも倫子を憚って
道長とは距離を取ってきたはず…
それが…わざわざ呼ばれるのだから
よほどのことなのだろう。
まひろは久しぶりに
倫子に向き合った。
「殿はもう祈祷は要らぬ、
生きることはもうよいと
仰せなの」
倫子は寂しそうに語った。
「私が殿のために最後に
できることは何かと考えていたら
あなたの顔が浮かんだのよ」
あのときのような怒りではなく、
優しい顔で倫子は言った。
「殿に会ってやっておくれ。
殿とあなたは長い長いご縁でしょ。
頼みます」
倫子は頭すら下げた。
「どうか殿の魂をつなぎ止めておくれ」
倫子はさらに深く頭を下げる。
本当ならば憎んでいても
仕方のないはずのまひろなのに、
倫子はこうして、
己の嫉妬などかなぐり捨てて
道長のためにもう一度、
まひろを…と、
自ら申し出てくれたのだ。
その思いを考えれば、
まひろには断ることなど
できるはずもない。
まひろは頷いた。
____________________
最終回…ということもあり
それぞれの行く末が
描かれていた。
倫子は怒らないのでは?
と予想はしていたのだが、
その予想は「やや」外れてしまった。
当初は
「妾になっておくれ」
と頼むくらいだったので
やはりそこまでの怒りは
なかったのだと思う。
9つのときに出会っていた、
道兼に母を殺されている…
そこは倫子にはどうにも
できない領域であり
まひろや道長が
苦しかったことも
わかったはずである。
倫子にとって哀しかったのは
「あの漢文をまひろが書いた」
ということに気づいたこと…
つまりは
「嘘をつかれたこと」
が一番哀しいことであり、
だからこそそんなまひろに
娘である彰子の心さえも
奪われてしまったことが
耐えられない悲しみと、
怒りに変わってしまったのだろう…
第一話の時点で
「ウソ」
と
「バカ」
の話が取り上げられていたが、
まひろがついた
「漢文のことは知らない」
という、ウソが倫子を
もっとも悲しませることになり
さらには
「もう隠し事はありませんね?」
と確認されると賢子のことだけは
守らねばならないから、
またウソを重ねるしかない。
このシーンというのは、
第一話と繋がっている部分があり
考えさせられる場面だ。
もしもまひろがウソをつかず、
本当は幼い頃から道長と
知り合いで…恋仲でした…
そう、言えていたのなら
倫子さまのことだから
今回のように
「妾になって」
と言ってくれていたのかもしれない。
倫子さまは
「藤式部」
ではなく
「まひろさん」
と、あの頃の呼び名で
呼んでくれていたのだから。
そういう倫子さまのことを
裏切ってしまったこと、
それはやはりまひろの罪であり
倫子さまが怒ることは
やむを得なかったと思う。
結局、これを期におそらくは
まひろは道長とはできるだけ
会わないようにし…
要は身を引こうと、
完全に決意はしたのだろう。
それでも倫子さまが、
本当にすごい妻だなと
思わされたのは…
それから数年…道長の余命が
もう幾ばくもないと悟ると、
最後に道長を長くこの世に
とどめてくれるのは、
自分ではなくてまひろだと
認めてしまうことが
できる点であろう。
本当ならばそのことは
長年尽くしてきた妻としては
哀しくもあり、
悔しくもあるだろうし
認めたくないことのはずなのに
まひろに頭を下げてでも、
最後に道長の世話を共に
してほしいのだ、と
頭すら下げている。
こんな素晴らしい女性は
いないと思う。
主人公はまひろだが、
倫子さまだって充分に
魅力的なヒロインだった。
道綱が道長に昇進をねだるのは
ギャグのようなシーンだと
思われてしまいがちなんだが、
実はこのエピソードというのは
本当に記録には残っていて…
おまけに道綱はこの数ヶ月後に
この世を去っている。
ドラマでは病の描写はなかったが、
おそらくは自分自身で
そろそろ先が長くないことを
どこかで感じていて、
だから冗談っぽく
ちょっとでいいから
大臣にならせてよ、と
頼んでみた、ということ。
でも道長に嫌われてまで
そうしたいわけでもない。
あくまで苦労してきた
お母さんのためにも、
せめて大臣になってから
あの世に行きたかった…
だけど無理言ってごめんね、
大好きだよ、道長…
というのがこの道綱なのだ。
そうした裏の設定を読み取ると
ものすごい切ないシーンである。
明子さまは彼女なりに
立ち直っていてよかった。
実際、彼女もかなり
長生きはするのだが
頼通のよかった点としては
政治的な判断はいまいちでも
異母兄弟のことをわざと
苦しめるようなことは
しなかったことだろう。
普段から憎まれ口を
叩きあっていた俊賢も
本当は明子さまが道長の
妻になってくれたからこそ
今の自分がある、
ということはわかっている。
ちゃんとそのお礼を述べる
素敵な場面であった。
四納言は結局、
道長や公任が出家をしても
こうして昔と変わらず
時々、共に飲んで語らったりは
実際にしていただろう。
これが平安時代の良さであり、
仕事のときには上司と部下でも
プライベートでは友達…
そういう関係を、
誰一人欠けることなく
最後まで全うできたことが
このドラマのよかった
部分のひとつだ。
隆家もよかった。
道長の危篤をわざわざ
知らせにくるところも
彼なりの優しさが伝わるし、
作中でもっとも人間として
成長したのはこの隆家で
あったと思う。
ドラマで見てもわかるとおり
隆家の功績そのものは
残念ながらあまり
評価はされなかったもののこうして
今年、ドラマで刀伊の入寇が
取り上げられたことで
藤原隆家という男がかつて
日本を救ったんだということ…
若き日に失敗をしても、
それに腐ることなく
国に尽くした人がいたこと。
それが多くの国民に
伝わったという点で
藤原隆家という実在した
人物への大きな供養にも
なったと思う。
竜星涼さんは代役としての
抜擢なのに見事に応えた。
素晴らしい役者だった。
ききょう、清少納言との和解は
やはりドラマとしてこれで
いいと思う。
史実では不仲であった、と
されてもいるし
そもそも
「会ったことすらない」
という説もある。
清少納言は嫌な人…という
紫式部の日記も残って
しまっている。
だが、人間なのだから
一時的に人を嫌いになることも
そりゃあるだろう。
現代に全ての記録が
残されているわけでもない。
こうして和解していた、
老いてからはお互いに
わだかまりもなく
交流していた…
ドラマはあくまでドラマ。
可能性を描くものであっていい。
まして、その清少納言役の
ファーストサマーウイカさんが
どれほどの熱意でこの役に
挑んでいたかを知ると、
本当に頭が下がる。
どんな本を読んだかも載せていたし、
そもそも劇中の書は、
自身で書いている…
時代劇に出たいがゆえに
アイドル時代からピアスも開けず
本作の前にはコンタクトが
カメラに映ってほしくないから、と
目の手術までして臨んだというから
もはやプロそのものだ。
本当に頭が下がるし、
本物の清少納言という人が
どういう人だったかは
わからないけれども、
少なくとも自分の中では
おそらくこのウイカさんの
清少納言はずっと、
胸に刻まれていくだろう。
まひろとききょうが
笑いあう姿が見られた。
自分としては大満足だ。
