徳川家康が愛した「吾妻鏡」 | NobunagAのブログ

NobunagAのブログ

家庭菜園、ゲーム、アイドルなど趣味の話題や、子育て、介護関係のことをつらつらと書いています。

先日、Twitterのほうにも

ちょっと書いたのですが、

徳川家康が愛した書物の中に


「吾妻鏡」(あず(づ)まかがみ)


という物語があります。


かがみ、は鑑と書く場合もあり、

とくに、あずまをひがしで

表記するときはかがみを

「鑑」として「東鑑」、

としているみたいです。


意味を簡単に説明すると


「東国をうつしたもの、

東国をあらわしたもの」


つまりは「東国の記録」と

なります。




この「吾妻鏡」をなぜ、

家康が愛したかというと、

「吾妻鏡」は初めて武士による

幕府を東国に開いた

源頼朝から始まる政権の

興亡の記録だからです。




徳川家康が江戸に幕府を

開いたことは知られていますが、

元々、家康は三河の出身。


その家康が江戸という

東の国に武士による

政権を打ち立てるにあたって

「吾妻鏡」を愛読し、

参考にしたのは

自然なことだと思います。



当時はテレビもネットも、

何にもない時代。


であればこそ、

過去の人が残した書物から

多くの知識を得ていました。


「吾妻鏡」の舞台となっている

「鎌倉時代」ですが、

暗殺も多かった暗い時代でもあります。


実は家康、父親も祖父も

暗殺のような形で、

失っています。


そんなこともあって、

身辺の警戒にもかなりの

気を使っていたと思いますが、

同時に


「なぜ、人は暗殺という

手段に至るのか?」


ということの答えを

「吾妻鏡」に求めた面も

あったかもしれません…


また、「吾妻鏡」には

非常に不可思議なことに

肝心の源頼朝の死の前後が

スッポリ抜け落ちています。


これ読んでいると、

非常におかしいんですよ。


大事な場面なのに

その記録はまったくなくて

突然、頼家の代に変わっていて

頼朝は数年前に落馬して死んだ、

とかあっさり書かれてる。


だからこそ、

暗殺説も出てしまうんですが。


これは一説には

征夷大将軍である頼朝の死が

不名誉な形であったことを

家康が不憫に感じて、

その箇所を消去させた、

という話すらあります。


が、元々、「吾妻鏡」は

原本が伝わっておらず

写本しか残っていないうえ

その写本の箇所全てを

家康が消去するのは

不可能なので…


それはあくまでも伝承の類に

すぎないとは思いますが、

そんな話が残るくらいに

家康は「吾妻鏡」や頼朝を

敬愛していた、

ということでしょう。



さて、ここで皆さんも

とっくにお気づきだとは思いますが、

そう、「吾妻鏡」というのは

現在、大河ドラマとして

放送されている




この作品のことなのです。

脚本は三谷幸喜さんですが、
大筋の流れは「吾妻鏡」に基づいて
描かれており、
三谷幸喜さんもあえて
原作をあげるとするならば
「吾妻鏡」である、
としています。



「鎌倉時代」というのは
正直なところ、
馴染みが薄い人も多いと思います。

「鎌倉殿の13人」は毎回、
放送後にはTwitterで
世界一のトレンド数を
達成しているほどの
コアな人気を博しています。

個人的には全大河ドラマ中、
ナンバーワンの面白さだと
感じています。

が、実際の視聴率はあまり
良くないと聞きます。

とはいえ、どこをどう見ても
ネット上の評価の高さが
異常な水準にあるので、
もはや視聴率なんかには
ほとんど価値もないとは
思うのですが…



でも、例えば来年の
題材、徳川家康のような
「戦国時代」とはやはり
違うのだなと思います。

実は俺自身が鎌倉殿を
観るまではそうでした。

鎌倉時代のイメージは、
やっぱり暗殺が多くて暗いし
物語として面白いのだろうか?

という疑問のほうが先にあり、
戦国時代のほうが好きだ、
という先入観はありました。

それをひっくり返すくらいに、
面白い脚本を描いている
三谷幸喜さんには、
もはや脱帽なわけですが…

これは、観るまでは
なかなかわからないものです。



元々、戦国大河は強い、
とは言われており、
とくに来年の「どうする家康」は
あの松本潤さんが主演…

ただでさえ強い戦国大河に、
松本潤さんファンの、
歴史初心者の方までが
視聴者層に加わるので
最初からみんなの期待が
非常に大きいのです。



何が言いたいかというと、

「来年は観るけど、
今年は観てない」

という人はおそらくは
多いのだろうな、ということ。




自分はこれをすごく
もったいないなと思うんですよ。

冒頭、述べたように
徳川家康は「吾妻鏡」を愛読した。

当然、家康の考え方には
そこから着想を得た部分が
大きいはずです。

そして「吾妻鏡」は
記録であると同時に
物語として楽しめます。

「鎌倉殿の13人」を
観ているとき、
もうみんなその展開に、
ドキドキしながら、
興奮しているんですが…

家康もその思いをしながら
「吾妻鏡」を読んだはずです。



ドラマか、本か。



時代が違うから表現方法が
違っているだけ。

「鎌倉殿の13人」を
観ているときには、
我々の心は「吾妻鏡」を
読んでいる家康と、
リンクしているのです…!

家康が何を考え、
何を愛したか…

ドラマは受け身として
ただ観るだけではなく
その登場人物に自分を重ねて
同じ体験をしてみる、
というのも楽しみ方のひとつです。

であればこそ、
「鎌倉殿の13人」はまさに
来年に向けた格好の
題材になり得るのです。



自分もそうなんですが、
ついつい歴史というものを
「ぶつ切り」で見てしまう、
という面があります。

授業でそう習うから
ある意味、仕方ないんですが…

「鎌倉時代」

「戦国時代」

「江戸時代」

「幕末〜近代」

全て別のお話のように
捉えてしまいがちです。

でも本当は違うんです。

全部、どこかで繋がってる。

先ほどから述べているように、
源頼朝が東国に幕府を
作り上げたことが
家康が江戸に幕府を開く
基盤のひとつでもあります。

京都ではなく、
東国からでも支配は
行えるのだ、ということ。



また、頼朝の直系は
3代で途絶えたけれども
源氏の子孫は残っていました。

家康が生涯勝てなかった
最大の強敵かつ、
尊敬もしていたのが
その甲斐源氏の末裔、
武田信玄です。

家康はこの武田の家臣を
後に多く召し抱えていますが、
やはり「吾妻鏡」を読み、
源氏への畏敬の念を
持っていた可能性もあります。

(ちなみに俺のご先祖も
辿っていくと甲斐源氏のようです…)

また、西で覇権を打ち立てた
毛利氏の先祖は、
あの頼朝の腹心かつ
北条義時をも補佐した
大江広元さんです。

関東で武田、今川、
家康とも争っていた
北条氏は残念ながら
鎌倉北条氏とは別ですが、
やはり関東においての
北条の名はそれだけで
重みはあったことでしょう。



家康が築いた徳川幕府は
200年以上もの平和を
もたらしますが、
やがて衰退してしまいます。

その時代が幕末です。

そこではかつて
戦国時代に家康に負けた
長州(毛利)、
薩摩(島津)が幕府を
倒すための多くの志士を
排出します。

ですがそんな幕府を

「家康公が作った
幕府のおかげで
俺たちはやって
これたじゃねえか!」

と守ろうとしたのが、
皆さんご存知の
「新選組」となります。

つまり幕末は、
戦国から水面下では
くすぶり続けていた
勝者と敗者との
最後のぶつかり合いの
側面がありました。



こう見ると全部がどこかで
繋がっている、
それが歴史なのです。


自分のツイートを
引用してくれた方の中に

鎌倉殿の最終回は、
義時が亡くなったところで
家康が吾妻鏡の本を閉じる、
そんなシーンを想像する…

というような内容を書いていた方が
いたのですが、
それもすごく素敵だなと思います。

もちろんキャスティングの
問題はあるので、
ラストに来年の松本潤さんを
友情出演的に使うのは
かなり難しいとは思いますが…

でも、鎌倉時代と
戦国時代とは「吾妻鏡」を通して
繋がっているんだ、
と歴史の深みを演出する
ことにもなります。

ドラマ的には難しいかも
しれませんが、
心の中ではそういう
終わり方を頭に描くのは
自由かなと思います。



家康が「吾妻鏡」を
読み終えたところで、
家臣が

「殿、そろそろご出陣を」

と呼びにくる。

「わかった」

と部屋を出ていく家康。

頼朝の、義時の思いを継ぎ、
今度こそ長く続く平和のために
家康は戦いへ赴く。

そして、舞台は来年へ…


うん、なかなか良い終わりだw


歴史をどう楽しむかは
自由なのです。

我々が知ることなんて
断片的なことばかりです。

家康が「吾妻鏡」に何を
見出していたのか。



「鎌倉殿の13人」を
現代の人々が観ることで
各自が何かを感じてくれれば
本当の故・家康公も
お喜びになるのではないでしょうか。



追記12/18

鎌倉殿の最終回で、
松本潤さん演じる家康が
吾妻鏡を読んでいるシーンが
しっかり描かれました!!

一作で終わらせない作り!

粋なはからいに感謝です!