四十九日 | NobunagAのブログ

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家庭菜園、ゲーム、アイドルなど趣味の話題や、子育て、介護関係のことをつらつらと書いています。

今日は母の四十九日の
法要を行いました。

もう、四十九日。

正確にはまだ微妙に
四十九日は経っていないけど
もうぼちぼちというところ。

早いなぁ…

今日も挨拶のときに、
父親は毎日悲しくてダメだと
泣いていたのだが…

俺はもうそこまで
悲しいという感じは
ないんだよね。

家事やら畑やら
花の管理やら…

母がしていたことを
ほとんど引き継いでいるので
それを通して対話している
感じもあって、
そこまで寂しくないというか。

もちろんふとした瞬間に、
あぁいないな、
もう会えないんだなと
思うことくらいは
あるんだけど。

今日も般若心経を唱えながら、
良いお経だなと思った。

悲しみに囚われる人ほど、
お経を勉強してみたら
少しはラクになれるのに。

でも悲しむことによって
昇華していく、
という乗り切り方もあるか。

俺は冷たいのかな、
よくわかんない。

男は弱いものだ、
なんて言うけれど
それもどうなんだろう。

男にはわからないこと、
できないことは、
わかるように努力し
できるように
頑張っていけばいい。

それだけのことだ。

割り切っているかどうは
微妙なところだけど。

悔いなく見てあげることは
できたとは思っている。

最後の数日はね。

でも重ねた月日の全てを
思い出せばもっと
たくさん話をすればよかった、
どうしてもっともっと
優しくしなかったのか、
って後悔はたくさんある。

でも人間なんて、
そういうものかもしれないし。

自分を責める、
あるいは他人を責めても、
今ある現実が変わるわけじゃなく
少なくとも生きている間は、
前を向いて生きていくしかない。

人間としての母は、
もうこの世にいないけれど、
母が育てた花や大事にした畑、
そして俺の中にも
母はずっと存在している。

忘れない限りは、
いつも母は母のままです。