
庵野監督に密着した
プロフェッショナル、
とても良い内容だった。
庵野監督が、
エヴァンゲリオンを
終わらせるために、
どれだけ苦心してきたのか
その一端が垣間見えた。
鬱になってしまった、
という話は以前から
知ってはいたのだが、
それにしてもかつて
二度も自ら命を
絶とうとしてしまって
いたことは、
気の毒になった。
自分にも鬱病の家族が
いるので、
病気を抱えながら
これだけの作品を
作り続けたことも
すごいと思う。
自ら命を絶とうと
思ってしまったのは、
旧アニメ版の最終回のあと
ネットで庵野監督に
危害を加えるような
書き込みを読んだことが
きっかけのようだが…
一人の人間に対して
そんなスレッドを
気軽に作ってしまう
ネットの恐ろしさも
感じるところである。
確かに旧テレビ版は、
打ち切りエンドのような
展開になってしまったが、
制作環境の影響が
大きかったので、
苦渋の選択だっただろう。
確かにあの終わり方は
釈然とはしなかったが、
ただそんな理由で
監督に危害を加えようなど、
言語道断である。
もちろん、自分はそんな
くだらない書き込みは
しなかったけれど、
そんな人達が多かったのも
事実なんだろう。
残念なことだ。
ここからネタバレ
今回、シン・エヴァンゲリオンは
とても良い終わり方をしていた。
最初のエヴァから26年。
そう、26年も経つのだ。
主人公のシンジという
キャラクターは、
庵野監督そのものと
言っていいほどに
よく似ている。
実際、プロフェッショナルで
監督を見ていると、
繊細で気難しい面も
ありながらも、
どこか子供っぽくて
可愛いげもあり
あぁ、シンジくんが
大人になったら、
こんな感じだろうなと
ほっこりしてしまった。
26年。
監督もその間に、
きっと大人になった。
監督の奥様である
安野モヨコさんは
まるでお母さんのように
彼のことを優しく受け入れ
見守っていることが
すごく伝わってきた。
素敵な女性だ。
エヴァンゲリオンの話は、
テレビ版のあとにも
一度、映画で完結している。
「人類補完計画」
というのは簡単に言うと
人類を個々の生命ではなく
単一のものとして
融合させることで
新たな生命として
人工進化させることを
目的としている。
そうすれば他者との
境界線がなくなって、
傷つけ合うこともなくなる、
神に近い生命体となる
ということだ。
しかし旧劇場版でも、
シン・エヴァでも
シンジはそれを望まずに
もう一度他者と生きる道を
選択している。
で、あるのだが
旧劇場版のラストは
アスカと共に海岸で
目覚めたシンジが
アスカの首を絞め、
彼女の
「気持ち悪い」
の言葉で終わるという、
とてもハッピーとは
言えないものだった。
あの傷つきやすく、
他者のことを恐れるシンジが、
それでも他者と生きる道を
選択する。
そこに成長は確かにあるのだが、
せっかく傍らにいてくれる、
あるいは彼がいてほしいと
願ったはずのアスカという女性の
首を絞めてしまうのだ。
あまりにも身勝手であろう。
自分で甦らせたのに、
自分で隣にいてほしいと望んだのに、
自分で殺そうとする。
相手の意志など関係なしに。
まるでシンジくんの
オナ○ーのようなことを
繰り返してしまう、
それが旧エヴァだった。
だから、あの世界はあれで、
終わらなかった、
終われなかったのだと思う。
シン・エヴァは
まったく違っていた。
シンジは自分の意志で、
ゲンドウに対峙することで、
父自身もシンジのように
他者を恐れて、
怯えてきた人間であると
知ることができた。
ゲンドウは自分が
追い求めてきた妻ユイは、
シンジの中にこそ
生きていることに気づいた。
父子はお互いを理解した。
そのうえでシンジは
自分を犠牲にしてでも
世界を元に戻したいと願い、
自身のエヴァと共に
槍を刺そうとする。
それを母の魂が救い、
そしてマリが迎えにくる。
最後にはマリと
結ばれたであろう
未来が描かれる。
世界のすべてを
シンジが決めるのではなく、
そこにはマリの意志もある。
これが他者を受け入れ、
共存していく世界の
あり方だろう。
ちなみに漫画版エヴァも、
アスカとの明るい未来を
想像させる終わり方を
している。
漫画版もストーリーの流れ
そのものは旧劇場版と
同じなのだが…
漫画版のシンジは、
旧劇場版よりも
少しだけ心が強く、
最後はアスカを救うために
自らの意志でエヴァに乗る。
そして圧倒的強さで
量産型エヴァを
倒しまくったあと、
力尽きて補完を迎えている。
そこには独りよがりではない、
誰かのために自分から
動けるシンジが存在していて、
実はシン・エヴァの
シンジに比較的近い。
だから、
アスカと結ばれる未来を
紡げたのだと思うし、
あの終わり方も
自然な流れだろう。
シン・エヴァが、
ハッピーエンドで終わった
ことに批判的な意見もある。
もちろん色々な感想は
あって当然なのだが、
「難解でなければエヴァじゃない」
「普通のアニメになってしまった」
というのは、
寂しい見方だなとは思う。
難解でわからないもの=高尚なもの
そんなはずがない。
エヴァはその難解な姿を
ずっと見せてきてくれたではないか?
今回始めてそうではない
エヴァとして描かれただけだ。
現実には26年。
アニメの世界でも、
破から14年の時が
流れている。
人間というのは、
それだけの時間があれば
変わることが当たり前だ。
初恋の相手だった、
アスカはケンスケを
好きになった。
ケンスケは自分の技能を活かし、
村だけではなく、
ミサトたちの活動にも協力している。
ガキ大将のような
存在だったトウジは
結婚して子供をもうけ、
医師として人々のために
尽くしている。
みんな大人として成長し
まっすぐに歩んでいる。
かつてのエヴァは、
「人類補完計画」
を勝手に進めている
一部の大人たちを中心に、
人類が滅ぶか滅ばないか、
マクロな視点ばかりに
時間が割かれていて、
その周りの人間たちは
どうなったのか、
という視点はほぼなかった。
終わりに近づくにつれ、
それはどんどん顕著になった。
あえて、省いていたと思う。
作品後半ではシンジの
友人たちもみんな、
フェードアウトしてしまう。
これはシンジの心が
閉ざされるのと同時に
そうした暖かい場所から
切り離されていくことを
おそらく意図的に
演出していたのだろう。
でも実際には世界が
滅ぶ寸前だろうが
一部の人間たちが
御大層なことを画策しようが、
そこに無関係な
大多数の人々が生きている。
おばちゃんたちは
一生懸命に米を作り、
男たちも自分に出来ることを
精一杯やっている。
そこには生活が存在するんだ。
新しい生命は生まれ、
人間以外にも様々な動物、
虫も草木も、
健全に生命を営んでいる。
シン・エヴァは、
第3村の描写に一時間以上かけ
そうしたミクロの視点を
丁寧に描き出した。
どこか欠けたところが
多かったシンジの友人たちも
14年の時を経ることで
大切な人に出会い、
日々を生きて自分以外の
命をも育んでいる。
人間というものは、
時間というものは
そういうものだ。
今回、シンジは
(アスカや綾波そっくりさんも)
そうした自分たちが
かつて知り得なかった世界の
あたたかさにふれることで、
守りたいもの、
守るべきものに
気づいたのだろう。
彼らが強くなったのは、
それが一番の理由だ。
初めてエヴァを
見たときに難解で、
陰鬱で他者を排除する
そのストーリーにこそ
俺も魅力を感じたが…
あれから20年を経て
俺も結婚をして子供ができ、
大人になった。
周りの人間の大切さ、
愛おしさに気づいた。
だからこそ、
シン・エヴァを見ると
キャラクターが
成長したように
俺自身も成長したことで
シンクロできる部分がある。
庵野監督も、
きっとそうなんだろう。
彼が人間として、
それまで以上に成長して、
かつては考えられなかった
優しい結末こそが
このつらい物語を終わらせる
一番の方法であることに
自然に行き着いたのだと思う。
それも庵野監督が、
一生懸命生きてきてくれたから。
自分のためではなくて、
誰かのために。
本当にありがとうございます。
この結末を受け入れない
ファンもいると思うけれど、
エヴァと共に健全に
歩めた人達であれば、
この流れも必然ということに
気づくのではないでしょうか。
時は止まっているのでなく、
動いているのだから。
この素晴らしい作品を
作りながら、
その間にシン・ゴジラ
という傑作を作っていたのも
驚嘆に値する…
そしてシン・エヴァの
結末というのも、
思えばシン・ゴジラを
観ていれば、
想像できることでもあった。
あのゴジラは、
無限の生命力を持つ
神に近い生命体で、
ほとんど使徒そのもの。
(だから音楽も、
エヴァと同じものが
使われたりする…)
そんな存在に対して、
無名の人間たちが
結束して挑んでいく。
数え切れないくらい、
大勢のミクロな
キャラクターたちが
総力を結集して
強大な力に立ち向かう。
この時点で庵野監督は、
世界に生きている
無名の存在たちこそが
いかに尊くて、
素晴らしいものであるかに
気づいていたのだろう。
当たり前といえば、
当たり前のことなのだが、
エヴァは、庵野監督は
ずっとそうではなかった。
そうではなかったものが、
長い時間をかけて
その領域に行き着いた、
そこに大きな意味がある。
よくあるアニメ、
誰でも描ける陳腐なものに
退化してしまったわけではない。
長い長い苦難の時を経て、
監督と共にアニメが
進化していったのだということ。
その進化の過程、
苦しみの時間も全部
ひっくるめての、
この優しい結末なのである。
シンの結末を観て
ただそれだけで
何も想像することなく
シンはよくあるアニメ、
駄作などというのは
完全に筋違いだと思うし、
むしろかつてのエヴァ、
それにハマった自分をも
否定していることに
気づいてほしいものだ。
シン・エヴァというのは
新・エヴァでもあり、
進・エヴァでもあった。
庵野監督の人生そのもの、
と言っていいエヴァの歩みに
拍手を送りたいと思う。
シン・ウルトラマンも
本当に楽しみです。