麒麟がくる第34回感想 | NobunagAのブログ

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比叡山の焼き討ちについて、
これまでのドラマでは
率先して焼き討ちを望む信長、
それに反対する明智光秀、
そこから亀裂が生じていく…

というのが主流だった。

しかし最近、研究が進むにつれて
光秀は比叡山の焼き討ちには
積極的であったとする説が
濃厚になっている。

そうした文書が発見され、
これまでの明智光秀像と
かけ離れた面が明らかに
なりつつある。

ドラマの主人公が
焼き討ちを望む側であると
なかなか格好がつかない、
という部分もあるのだが…。

麒麟がくるにおいては
しっかりとその最新の研究を
取り入れながらも、
うまくストーリーを
組み立ててきた。

比叡山というのは
ドラマでも描かれているように
ただのお寺ではなく
立派な武力勢力である。

相当な権力を持ち、
都にも影響を及ぼしており、
帝も比叡山には手を焼いている。

そしてその座主をつとめていたのが
帝の弟である覚恕なのだ。

覚恕は兄である正親町天皇に
コンプレックスを抱いており、
兄弟の確執がそこにはある。

覚恕は比叡山の権力、武力を使い
都を牛耳ろうとしてきた。

それを危険視してきた帝が、
信長に比叡山討伐の
お墨付きを与えたことで
信長は大義名分を
得ることができたとしている。

この見方というのは、
ドラマとしても考証としても
非常に面白くて画期的であった。

確かにこれまで
信長の比叡山焼き討ち自体は
大きくクローズアップされても、
その比叡山というのは、
誰が仕切っていてどのような
弊害があったのかは
あまり語られなかった。

覚恕という人物、
そしてその背景まで
描いたドラマは初めてかも
しれない。

また、十衛兵自身も
幕府との関わりの中で
古くからある権威こそが
平和を妨げていることに
気づいており、
古き悪しきものを破壊すると
自ら言うようになっている。

その新しい世界を
信長は作れるのだと
認めている。

この解釈は大いにあると思う。

が、同時にそのためにこそ
比叡山を討ったはずが、
現実には罪のない女子供も
手にかけることになる。

戦争というもの自体が
そういうものではあるが、
相手はあくまでも
武装はしていても
僧侶たちであって、
武士ではない。

そこにいる女子供たちは
武家由来の者たちでなく
本来犠牲になる必要が
ないはずの者たちなのだ。

十兵衛は罪の意識に
苛まれることになる。

なにせドラマにおいては
その信長を引っ張り出してきたのは
十兵衛自身である。

それも

「誰かに褒められたい」

という信長の純粋な気持ちを
持ち上げて利用する形で。

これは非常に罪深い
やり方だったと思う。

そして悩む十衛兵とは
対照的に信長は



この笑顔である。

帝が褒めてくれた、と。

悪いことをしたとは
一切思っていない。

そして帝自身は
あるいは自分は弟の覚恕を
排除するために
信長を利用したかもしれないと
認めてすらいる。

そのうえで信長が
褒めてもらいたそうだったから
褒めた、としている。

これもなかなか業が深い。



正親町天皇のキャラクターが
非常に良い。

冷静沈着でなかなか底が読めない、
ひとかどの人物として
描かれている。

麒麟がくるではこうして
天皇や公家たちにも
スポットを当てているが
そこにいるのは
我々が考えるような
高貴なだけの非力な人々ではない。

都を守りそこに住んできた
ひとつの権力としての
扱いづらさと強さというものを
しっかり描いている。

ある意味では信長も、
手のひらで転がされた
だけなのかもしれない。



これまで悪の象徴と
されてきた松永久秀は
比叡山討伐の結果、
多くを殺したと悩む
十衛兵に対して
それでもお前は信長と
同じ人間ではないか、
信長を担ぎ上げてきたのは
お前ではないかと指摘する。

そして信長のやり方でなければ
世は変えられない、とも。

比叡山の焼き討ちのむごさに
自分はそこまではできないと
恐れを感じながらも、
必要な行動であったのだと
そこは認めているのだ。

このドラマの松永久秀像も
なかなか深い。

確かにそうなのだ。

目的があってしたことである。

十衛兵は悪ではないし、
信長だって悪ではないだろう。

むしろ帝や都のため、
天下静謐のためという
意味においては正義である。

ただその正義の過程で
罪のない者の命は
失われる。

悲しいけれども現実だ。

もしかしたらドラマにおいては、
やがて十衛兵が信長を
本能寺で討つというのは、
自分が犯した罪への
つぐないであり
罰になるのかもしれない。

純粋で傷つきやすい
ただ褒められたいと望んだ
繊細な青年だった信長を
こうしてしまったのは
自分ではないかと。

それを止められるのも
自分しかいないのだと。

そう考えると切ない話だ。




余談

甲斐に逃げた覚恕は
武田信玄に助けを求める。

ここで武田の躑躅ヶ先館に
場面が変わるのだが、
覚恕の後ろに!!


武田家伝来の楯無鎧と、
諏訪法性の兜が!!

いいね、これぞ武田家の象徴。

わかっておられる!!


信玄については色々と
書きたいことがあるので
別の記事にしてみます。