斎藤道三、義龍…
ドラマでは高政との
関係について書きたいと思う。
先週の放送で、
高政は自分の兄弟でもある
道三の子ら、
孫四郎、喜平次を
暗殺した。
家督を譲ってやったのに
その礼がこれかと憤り、
道三は復讐を決意する。
道三は高政という人間を
見誤ったのだと思う。
いや、理解していなかった、
あるいは甘く見ていた、
ともいえる。
それは我々視聴者も
そうだったのかもしれない。
高政のイメージは、
本当の父親が誰なのか悩み、
そのせいで道三との
確執が生まれ、
暴走していった心弱き者
という印象である。
しかし今日の放送では
「本当の父親が誰なのかは
どうでもいいことだ」
と冷徹に語っている。
高政にとって必要なのは
本当の父親が誰かでなく、
土岐源氏の末裔である、
という肩書きだったのだと。
これが本心なのか、
あえて強がり
そう語って見せたのか
よくわからない。
もしかしたら次週、
道三と対峙することで
本当の胸のうちは
見えるのかもしれないが。
少なくとも十兵衛は
この言い方に不信感を抱いた。
道三もまた高政を
「高政は実の父が俺だと
本当は元々知っていた。
奴は人を欺いている。
人を欺く者はやがて国も欺く」
と評した。
欺きとはつまりは、
これまでの本当の父親について
悩んでいたという姿も
道三を欺く仮の姿なのであれば
母の死さえも
己に家督を譲れと迫る
道具にしたともいえる。
本当にそうなのであれば、
非常に恐ろしい男である。
さすが蝮の子である、
ともいえるのだが。
それともそうではない、
本音はやはり父親のことで
悩んでいたのだとしても、
その本心を竹馬の友である
十兵衛にさえ隠してしまって
いるのだとしたら?
それもまた欺きである。
いずれにせよ、
高政は国を治めるために
土岐源氏の末裔という、
出自こそが必要だと考えた。
たとえそれが嘘だろうと
本当のことなどは
どうでもいいことだと。
反対に道三は油売りの子である、
その出自を隠す必要など
まったくないと考えてきた。
たとえどんな出自でも
実力さえあれば、
国を持つことも
広げることもできる。
道三はまさに
戦国時代の申し子である。
そしてその考え方は、
信長も同じであるし、
ひいてはその信長の部下になる
秀吉のような農民出身の者が
やがて天下を取るのだから
当時としては
先進的な思考だったと
言えるだろう。
道三は己を正直者、
高政は嘘つきであると語る。
まぁ…道三という人も
ドラマにおいても、
帰蝶の最初の夫を
毒殺もしているから、
腹黒い男であることには
違いないのだが…
だから蝮の異名を
持っているわけで。
だが彼の場合にはその行動が
国のためになるのだという
信念はあった。
決して善人ではない。
どちらかといえば
悪であろう。
しかし正直な悪人だった。
大いなる悪人であったし、
あえて悪人であった。
高政は同じ悪でも
小賢しく、
己を守るためにこそ
嘘をつくのだと
道三は感じている。
そんな道三にとって
家督を譲るべき相手は、
小さな悪人ではなくて
自分と同じように、
正直な大きな悪を貫ける
不器用な信長こそが
ふさわしかったのだろう。
十兵衛に
「お前は信長となら
やれるかもしれない」
と新しい国作りを
彼らに託すところが熱い。
もっともその信長と
十兵衛すら最後に
決裂してしまうことが
歴史の悲しさ、
このドラマの結末に
なっていくのだが…。
史実上の斎藤高政という人の
誇りのためにも書くが、
決して彼は無能でもないし
道三が言うほどには
国を滅ぼすような
愚かしい行動は
していない。
美濃が信長にとられるのは
高政の子の代になってから。
高政は美濃を守り抜いている。
ドラマでも道三流の
ワンマン経営でなく
国衆を中心とした国作りを
理想に掲げているが、
実際に美濃の国は
高政の代になってから
新しい知行制を敷き
改革を遂げているのである。
十兵衛の叔父光安は
高政の考える領地替えに怒り
道三につく決意をした。
実は後年光秀が
信長を裏切るきっかけの
ひとつになったのが、
当時治めていた丹波を
召し上げになったことと
言われている。
どちらも真意としては
領地は替えるが、
新しく広い領地を
用意してやるという
意味合いもあるのだが
不満の原因になりうるのが
難しいところだ。
十兵衛は道三につくことを
決意する。
幼少からの友、
ときには敬語すら使わず
やりとりするような
気安い親友でもあったはずの
高政ではなく、
ケチでワンマンで、
怒ってばかりだが
自分を高く買ってくれた
同じ正直者である道三に。
次週はいよいよ、
決戦である。
ドラマなので盛大に
やってくれることを
期待している。
ここまで魅力的な
斎藤道三は初めてである。
華々しい散り様、
後の十兵衛に影響を
与えるような、
美しい生き方、
死に方を示してほしい。

