母のこと | NobunagAのブログ

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家庭菜園、ゲーム、アイドルなど趣味の話題や、子育て、介護関係のことをつらつらと書いています。

うちの母ですが
昨年、大腸がんの手術をして
約一年になります。

これまで定期的に
検査を行っており、
CT、腫瘍マーカーともに
まったく問題なく
過ぎていました。

しかし昨日の一年検診で
腫瘍マーカーが突然
はねあがり、
CTにも腹膜播種が
映っていました。

昨日は父親が付き添って
受診していたのですが
ショックで母が倒れてしまい、
急遽、俺が病院に迎えに
いきました。

父は混乱しまくっていて

「余命3ヶ月」

と言っていたので
その3ヶ月という言葉が
とにかく独り歩きしてしまい
家中が一日バタバタで…

うちは妹が最近、
パニック障害になったり
弟は元々うつ病で長く
苦しんでいたので
このことを伝えるのも
とてもつらくて。

弟は

「自分が昔あんなに
親に迷惑をかけて
苦しませたせいで
そのストレスで癌に
なったんだ」

と泣き出してしまったので
そんなことはない、
今こうして仕事にも復帰して
子供もできて、
立ち直った姿を見せてるから
誰のせいとか考えるなと
伝えました…

今日、改めて俺も同席して
先生の話をうかがったところ

「再発というよりは、
手術前に目に見えないレベルで
おなかの中に存在していたものが
大きくなってしまったと
いうことだと思う」

とのこと。

これまでの検査上は
本当に問題なく経過していたので
急にこうなってしまい、
先生も驚いてはいると。

腫瘍マーカー見ても
先月までは10くらいなのが
急に140なので…

当然、そういうことに備えて
手術後に抗がん剤を
使っていたので、
抑えられてきて
いたのだと思うが…

しかし余命3ヶ月、
というのは、
父がとにかく

「どれくらい生きられますか!」

とストレートに聞いてくるので
あくまでも何もしなければ、
そうなってしまうよという
一般的な話をしたのであり
当然、治療をすることにより
期待を持つことはできます、と。

昨日もそれは伝えたつもりだが、
どうしても父がショックで
混乱してしまっていたので
うまく伝わらなかったのかもと
先生は言っていました。

父も母も混乱してしまうので
二人に席を外してもらって
俺と奥さんとで改めて
先生の正直な見解を
聞いてみたけれど

「例えば完治できるか、
といえば厳しいと思う。
ただ、大腸がんに対しては
効果のある抗がん剤や
分子標的薬など種類もあるから
そういうものを使うことで、
1年とか3年とか、
そういう単位でできるだけ
今の生活を維持できるように
したいと思う。
今は取ってある癌に対して
あらかじめ薬を使って
効果があるか調べたうえで
その薬を使うこともできる。
希望がまったくないなら
ないと言うので、
決してそういうわけではない、
まずは希望を持って
治療していきましょうよ」

とのことでした。

まぁ…正直にいえば
厳しい状況なのは
間違いないんだろうなとは思う。

ステージ4となると
一般的に5年生存率では
10%になってしまう。

先生の言う通り治療が
うまく効いていけば
3ヶ月、はないかも
しれないけれど、
1年後とか…
そこはもうわからない。

そういうふうには
考えたほうがいいのかも。

なんでこうなってしまったのか
とても不思議というか、
現時点で母が何か
苦しそうかというと
べつにそんなこともなく。

先生も

「とくに何の制限もないから
好きなものを食べて、
お酒も飲んでいいし、
好きなところに行って
普通に過ごしていいんですよ」

と。

その意味では今現在に関して
悲観的になりすぎるのは
誰のためにもよくないから
気持ちは建て直さないと
いけないなと思ってる。

でも、まだ64歳。

家系に癌の人もいないのに
なぜこんなことに、
と俺も思ってしまう…

母がかわいそうで…。

去年、俺にとっての
じいちゃん、
母の父を突然の火事で
失ったうえに、
またこんな…。

親を喪うのは誰もが通る道だと
わかってはいるし、
何より仕事では
多くの人の亡くなる傍らに
立っているから、
当然、いつか自分の親に
そのときがくることも
わかってはいた。

でも、早い、よね。

3ヶ月なんて早すぎるし、
そこは乗りきってくれると
信じてもいるけれど
1年だってまだまだ
早すぎるんだよ…

俺の子供たちが
大好きなばぁばを
失うという未来が
この先待っているのがつらい。

うん、つらいんだよな。

なかなか感情が表現できなくて、
父からはどうしてお前は
淡々としていられる、
みたいに言われてしまうのだが。

悲しいと言えたり
弟みたいに泣けると
良いんだけど…

それ以上にいろんなことが
つらくて…
ブログだからこそ
その言葉は書けるのかもしれない。

例えば家族がこの状態なので
俺までもがつらいつらいと
言うことなんてできない。

それは仕事もそうなんだよね。

看取りをしてるとき、
俺だって介護のプロでも
不安になったり、
悲しい、つらいと思ったりするけど
俺がそれを表に出したら
みんなが困ってしまうから…

同居を選んだ理由として、
家にじぃじ、ばぁばが
いるという生活を
子供にさせたかった。

当然、それが年老いて
弱っていくのは当たり前で
その姿を見ることも含めて
子供たちに人間として
真っ直ぐに
育ってほしいという
思いがあった。

自分が祖父母と同居を
していなかったからこそね。

でもそれは子供たちが
中学生、高校生とかね。

ある程度、
受けいられる年齢になり
そうなってほしかった。

でもまぁ今俺が、
そこまで悲観的になっては
やはりいけないんだろうな。

もう本当に数ヶ月でも
1年でも2年でも、
生きてほしい。

それだけです。

本音をいえば20年とか、
せめて平均寿命はと
思ってしまうし、
仕事で90、100なんて人の
介護をしているからこそ
うちはどうしてって
切なくなってしまうけれども。

だけどもっと早くに
親を亡くしてる人も
もちろんいるから。

人生も家庭もみんな
それぞれ違うんだよね。

昨日はそんな感じで
Twitterなんかでも
返信できなくて
すみませんでした。

ブログも出来る限りは
楽しいことも書いていこう。

ゲームもできない日も
あるかもしれないけど
本当につらいことばかり
考えていたら、
俺の身ももたないから
しばらくは普通に
していようと思う。

多分、母にとっても
それが一番いいのでは
ないかな…