京アニの放火に思うこと | NobunagAのブログ

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■京アニの放火に思うこと■

被害の規模が大きすぎて
見ているだけでも
苦しくなってしまい、
昨日はテレビをつけるのを
やめていた。

アニメというのは、
日本が世界に誇れる
大事な文化のひとつであり、
そこから勇気をもらっている人、
楽しみをもらっている人は
本当に大勢いると思う。

俺自身はそこまで
アニメにくわしいと
いうわけではないのだが
それでも京アニさんが
作っていた作品のなかには
名前くらい聞いたことが
ある作品もあるし、
失われた損失の大きさを
思うと絶句する。

文化の担い手、
という側面はもとより
何よりも大事な命の数々が
こうして理不尽に
奪われることに
恐ろしさを感じる。

こうした事件を防ぐのは
とても難しいのだと思う。

犯人には犯人なりの
一方的な言い訳は
あるのだろう。

一部によると、

「小説をパクられた」

とのことであるが、
仮にそれが本当だとしても
(そうも思えないが)
人を理不尽に傷つけていい
理由にはならない。

この事件の一番の
問題点というのは、
アニメ業界だからとか
そんな理由ではない。

どんな仕事をしていても、
何らかの理由で
誰かの一方的な恨みを買う
リスクというのは存在している。

例えば俺みたいに
病院関係の仕事や
介護をしていても。

病院とか介護なんて
人を救う仕事なんだから
恨みなんて買わないだろう、
というのは平和な考え方で
現実はそうでもない。

どうしても病気が
治らないことや、
あるいは高齢者が
老衰で自然に亡くなることに
ついてだって、

「なぜそうなるんだ!」

と怒りをぶつけてくる人は
ごく稀に存在する。

非常に少数なんだが、
その少数派が抱く怒りを
どうやって回避すれば
いいのか、
正直わからない。

どんなに丁寧に説明し、
対応をしても、
一方的な怒りを抑えられずに
相手にぶつけたがる人は
必ず存在するんだ。

本当にどの業界もそうで…

靴の販売の仕事を
していたときにも、
ただ上履きが売り切れて
しまっていただけで、

「しね!」

と言われたこともある。

相手はオッサンだったが
店中に響き渡るほど
ブチキレしていた…

上履きを買いにくる
くらいだから、
きっと子供がいたのだろうし
人の親なのだろうけど
店員相手にならば
見下していいみたいな
考えなのだろうか。

買い物をしていても
店員さんになるべく
ありがとうと伝えてる
俺からすれば
こういう感覚って
まったくわからないのだが。

充分な数を用意しない
店に問題があったと
思う人もいるかもしれないが
何十足仕入れていても、
売り切れるときは
売り切れてしまうので、
防ぐことは難しい…

例えば学校が始まる前は
田舎の小さいお店ですら
100足とか売れたりする。

仕入れるったって
問屋で用意する数自体に
限界があるんだよ。

だから希望する量を
そのまま全て
仕入れられるわけではなく、
それでも通常の10倍くらいは
用意をしていても、
全て売り切れるんです。

怒るお客さんの気持ちも
わからなくはないけれど、
店には店の事情だって
存在しているということ。

まぁ大抵の人は怒ったり、
しね!と言っても、
まさか実行にはうつさない。

が、ごく稀にそれを
実行にうつすような人間も
一定数は存在していて、
それを防ぐというのが
非常に困難なんだ。

以前、子供たちが
理不尽に命を奪われる事件が
あったときにも、
犯人にも事情があるみたいな
意見を目にしたが…

事情なんか誰にでも
あるだろう。

事情があるからといって
他人を傷つけてもいい
「理由」になっても
かまわないということは
ないと思うのだが。

今回の犯人は、
一部報道によれば
過去にもコンビニ強盗を
おこなっていたそうだ。

生活に困窮していたり、
犯罪に走る原因というのが
ゼロなわけはない。

そこには犯人の事情が
存在していることくらいは
言われなくてもわかる。

でもコンビニのお金は
パクってもいいと
考える人間が、
自分の小説をパクられたら
許さない!
というあまりにも
自己中心的な理論に
社会が屈する必要はないはず。

京アニさんには、
以前から何度か
殺害予告みたいなものも
届いていたという話もあるが
先日も書いたように、
誹謗中傷というのは
非常に当たり前のように
ネットの中では
あふれている。

それに慣れてしまうのも
怖いことなので、
堀ちえみさんを
脅迫した人間が
書類送検されたのは
喜ばしいことだが…

アニメ会社なんかも
芸術作品である以上は
それが伝わらない相手から
批判をされたりすることは
日常茶飯事だったはずで、
批判くらいならば
普通のことだとはしても
殺害予告というのは
異常な誹謗中傷だ。

でも誹謗中傷のすべてに
法的措置を取るとか、
警察を頼るというのは
難しかったに違いない。

その警察にしたって、
どこまでが逮捕案件になるのか、
どれだけ頼りにできるかは
ケースバイケースである。

もしも警備員を雇っても、
今回のように突然、
理不尽な襲撃を受けたら
守りきれるものでもない。

一方的な暴力の前では
普通の人達というのは、
無力なんだよ…

社会というのは本来なら
人の善意で成り立ってる。

隣に住む人間が
信じられなくなったら
誰もが武装して、
自衛するしかなくなって
しまうんだ。

そういう社会にしないためにも、
他者のことを一方的に
恨んだり妬んだり、
だから傷つけていいなんて
考えることをやめてほしい。

無論、そんなことは
普通の人はわかっていて、
書くまでもないんだろう。

みんな普通ならば
どんなに怒っていても
事件など起こさずに
我慢する。

実行にうつしたりしない。

もしも仮に個人的な恨みで
どうしても誰かを許せない、
だから人を傷つけてしまう、
それも人間なんだとしても、
こんな無作為みたいに
何人も犠牲にするというのは
本来あり得ないこと。

自分の主張をするために、
大勢を傷つけるというのは
もはやテロリストだ。

テロに屈してはいけない。

ただ、そんな声を
あげる気力も奪われるくらい、
あの映像を見ると、
つらさばかりが
込み上げてくる。