あまりに悲惨なストーリーで
ウルトラマンらしくない、
子供に見せられないと
新聞に苦情が載ったと
噂の鬱トラマンですが、
興味がわいたので
今さらながら観てみた。
とくに序盤の展開が
あまりにも陰鬱で
確かにトラウマレベル。
主人公はウルトラマンに
変身する人ではなく、
警視庁レスキュー隊出身の
防衛チームの新人なのだが
人命救助よりも
敵の殲滅を優先する
組織のやり方に馴染めず
つらい日々を送る。
鬼の副隊長からも
叱責される毎日。
そんな中で唯一の
癒しであった恋人がいるのだが
その恋人は実は
物語が始まる前に死んでいて、
それどころか肉体を
利用されて中ボス的な
存在にされていることが
途中で発覚。
絵が好きだった恋人の家に
初めて訪問した主人公が
目にした彼女の描いた絵がこれ。

こわっw
これだけじゃなく
例えば恋人が電話で
両親と話しているシーンで
しかし通話口から
聴こえてくるのは
「ツー…ツー…」
という無機質な音だけ。
とっくに一家惨殺
されているので…
こわっ!!!
そしてこの恋人だが、
生きた屍として
敵に利用されたまま
命を落としてしまう。
なぜ何の罪もない
主人公の恋人を
こんな目にあわせたかというと
単に主人公に対する
嫌がらせ(精神攻撃)を
するためという非道さ。
もちろんご都合主義的に
生き返ることも、
ないです…
さらに追い打ちを
かけるかのように、
今度はその彼女と
同じ名前というだけで
幼い少女の両親も惨殺、
しかも主人公は
敵に捕らわれたその少女に
気づかずに攻撃してしまい、
重傷を負わせてしまう。
これまたなぜこんな
卑劣なことをするのかと
いうと…
主人公に自分と
関わった人間だけでなく
同じ名前という
理不尽な理由でも
攻撃対象になると
思い知らせ絶望させるため。
うーん、確かにこれを
子供に見せたら多分
途中で観るのやめるわな。
こわすぎるw
ウルトラマンになる人を
この作品の中では
デュナミストと呼ぶが
そのデュナミストも
なかなかヘビィな人生。
戦場カメラマンをしていて
現地で仲良くなった少女が
いたのだが、
戦闘が始まり少女を置いて
写真を撮りに行ったところ、
自分を探して追いかけてきた
少女が戦闘に巻き込まれ
死んでしまう。
しかも皮肉なことに
その時に撮った写真が
世界から多大に評価されたため、
罪悪感に苛まれることに
なってしまう。
彼がウルトラマンとして
戦うのは、
光に選ばれたのではなく
自分に課せられた罰だと
思いこんでいる。
ウルトラマンとして
戦うダメージは、
徐々に人間としての体に
蓄積していき、
最後は満身創痍である。
第二部になると
デュナミストが交代。
子供たちの笑顔が大好きな
遊園地で働く明るい
17歳の少年に。
そのキャラクター性もあり
第一部ほどの暗さは
なくなったかに見えるが、
実はこの少年は
遺伝子操作で
優秀な遺伝子から作られた
デザインベビーであり、
優秀な頭脳を持つが
遺伝子的な失陥により
17歳までしか生きられない。
つまりもうわずかな寿命しかない。
だから彼はウルトラマンになると
自分の身を顧みない
まるで自分を傷つけるような
戦い方ばかりする。
なんというか、
ウルトラマンの世界観で
エヴァンゲリオン的な
ストーリーを作った、
という印象。
これのどこが
面白いのかと疑問に
思う人は多かったんだと
推測されるが…
面白いんですよ!これが!!w
この悲しいトラウマとか、
未来への絶望を抱えた
三人の男たちが、
どんなに傷つけられても
這い上がっていく。
そして最後に勝利する。
このカタルシスがすごい。
例えばウルトラマンというのは、
前半に事件が起こって
怪獣が暴れて防衛隊が
さほど効きもしない攻撃をして
残り10分くらいで
ウルトラマンが登場。
必殺技でカタをつけて
終了という、
水戸黄門的な安心感のある
作品がほとんどなのだが。
ネクサスは大河ドラマの如く、
一週で解決するエピソードは
まったくない。
また、登場する怪獣も
普通のウルトラマンのように
ときにはコミカルだったり
友好的な存在がいたり
するわけではなく、
「スペースビースト」
と呼ばれる、
触手ウネウネな不気味な
クリーチャーばかりで
しかもどの個体も
活動目的は
「人間の補食」
なので救いようがないw
しかも大抵は4話かけて
やっと殲滅できる感じなので
ウルトラマンつえー!
カッコいい!
という感動すら薄く、
むしろ防衛隊がけっこう
強いので、
ウルトラマンはあくまでも
スパイス的なものですらある。
だから子供が観ても
ストーリーを
理解することが困難だし
一週観ただけでは
爽快感もないため
あくまでも
「子供向けのウルトラマン」
としては商業的に
失敗していると思う。
しかしながら
「ウルトラマンを題材にした
男たち(女も)の成長物語」
として観たときに、
その作品性の高さは
群を抜いている。
残念なのは後半にくる
怒涛の収束がいかに
素敵な夢と希望に満ちた
ストーリーであっても
ほとんどの視聴者が
前半のつらい話に
耐えかねて
そこにたどり着けないと
いうことだろう…
第一部OPの「英雄」の
歌詞はまさにこの
ストーリーが
一番訴えたいことを
語っている。
男なら誰かのために強くなれ
女もそうさ 見てるだけじゃ
始まらない
これが正しいって
言える勇気があればいい
ただそれだけ出来れば
英雄さ
男なら誰かのために強くなれ
歯をくいしばって
思いっきり守り抜け
転んでもいいよ
また立ち上がればいい
ただそれだけ出来れば
英雄さ
どうしても前半部では
主人公たちがどんなに
ささやかな希望を持っても、
それが裏切られる展開が
ひたすら続いていくため、
この歌詞ですら
作品に合っていないと
感じてしまうのだが…
それでも最後まで
自分が正しいと言えることを
貫いていき、
転んでも立ち上がる
主人公たちを
見たときに、
この歌詞の通りの
物語だったんだと気づかされる。
初代ウルトラマンの
最終回において、
地球は地球人の手で
守るべきだということが
作品の最後のメッセージとして
語られているが…
実はネクサスも同じで
ネクサスのウルトラマンは
最後に強大な真の姿を
取り戻すのだが、
それをもたらしたものは
主人公やデュナミストたちが
地球人として紡いだ
絆の力なのです。
つまりウルトラマンが
なぜ悲しいトラウマや
過酷な未来を背負った者たちを
デュナミストに
選んだかというと、
彼らがきっとそこから
立ち直って光を取り戻すと
信じていたからなんだ。
その光こそが、
かつての戦いで
失われたウルトラマンの
真の力を取り戻す
エネルギーになる。
つまりウルトラマンネクサスとは
一人の強いウルトラマンでなく、
人間たちの光によって
絆で結ばれたウルトラマン。
ウルトラマンメビウスも、
内容は非常に明るく前向きで、
ウルトラマンと
防衛チームとの絆が深く
最後は防衛チーム全員が
結集してウルトラマンに
変身を遂げるという、
個人的には好きな作品の
1、2を争うウルトラマンなんだが、
実は正反対の構成に見える
ウルトラマンネクサスも
訴えたいことは、
同じなんだと気づく。
ウルトラマンとは
人間たちが困ったときに
勝手に助けてくれる
便利な存在なのではなくて、
人間たちが必死に戦った
ときにこそ、
力を貸してくれる存在であり、
その一方で人間たちによっても
ウルトラマンが救われている。
ネクサスは一見、
難解で陰鬱な物語に見えて、
実は子供たちに伝えたい
大事なメッセージを
内包している、
素晴らしい作品なのです。
商業的な事情を考えると
この路線の作品を
また作るというのは
非常に難しいと思うが…
大人が楽しめる
ウルトラマンとして
こんな物語があっても
良いと感じた。
時代が追い付かなかった、
あるいは今の時代でも
これを週イチでやっても
視聴率は壊滅するとは
思うけども…
続編は…でも無理だよなぁw
小説とかでもいいのかもね。
誰か書いてくれないものか。
