看取りケアマネを作ってほしい | NobunagAのブログ

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家庭菜園、ゲーム、アイドルなど趣味の話題や、子育て、介護関係のことをつらつらと書いています。

■看取りケアマネを作ってほしい■

ここ数年、かなりの人数の
看取り介護を経験しています。

そういう経験をしていて
このところ感じるのは
通常行うケアマネ業務と
看取りのために行う
ケアマネ業務というのは、
全然違う思考方法を
求められるということです。

ケアマネになったときに
何が大変かというと
最初にやらされる
ケアプラン作りの演習。

何時間も何日も、
何度もやらされますよね。

更新研修でもやるので
僕も今年更新(するならですが)
研修であれをしないと
ならないので憂鬱です。

いや、憂鬱とか書いては
いけないんだろうな…

基本なので…。



どんな演習をするかというと、
ある利用者さんに対して
何が問題点なのかを分析し、
どうすればその問題を
解決できるかという
具体的方法を立案し、
それをサービスにつなげる。

演習に限らず僕らが
普段やっている
ケアプラン作りというのは
そういうことです。

ごく簡単な例ですが

足が痛くて家のお風呂に
入れない人がいたとします。

この方の問題点とは

「足が痛い」

「家のお風呂に入れない」

ということはわかりますよね。

ではどうやって
解決しようかと
ケアマネは考えます。

足が痛いのであれば
定期的な受診が
必要かもしれませんし、
痛みを感じず動かせるように
していくための
リハビリも必要かも
しれません。

お風呂に入れないことに
関しては自宅で
受けられる入浴サービスも
あるのですが…

足が痛いという部分も同時に
カバーしてあげれば
介護サービスは
ひとつで済みます。

つまりデイケアに行けば
足のリハビリもできるし
お風呂にも入れます。

しかし僕らの仕事は
それを手配すれば
終わりということではなく
どこかでそれが
終了できるように
していくことも
求められます。

この人にとって
理想的な姿はなんなのかと
いうと

「足が痛くなくなり
家のお風呂に入れる」

これがその利用者さんが
抱えている問題を
解決した姿になります。

そうなれば介護サービスは
もう必要ありませんね。

これが長期目標として
しかしそれをすぐに
達成することは困難なので
まずは短期目標として

「痛みが減る」

だとかまずは

「定期的に入浴ができる」

ということを目指そうと
なりますよね。

これが教科書的に
説明したときの
ケアプランの構築方法です。

まぁ現実にはデイケアに
通ううちにそっちのほうが
楽しくなって

「風呂はデイで入るから
家でなんて入らない!」

とか言い出しますし
ご家族も

「デイにはずっと通って
もらわないと困る!」

と言ってきますから
大抵は教科書通りには
行かないものですが、
でも基本はそうだということです。

なぜかというと、
ケアマネジメントとは
介護保険の理念である

「利用者が良くなりたい、
リハビリをしてまた
元気になるためのもの」

という部分を
専門職としてサポートする
仕事だからです。

つまり一般的な
ケアマネの思考回路って

「◯◯だから◯◯をして
良くする」

「◯◯にならないと
問題解決に至らないから
◯◯をする」

という論理的な組み立てで
成り立っています。

あのケアマネはそんな
難しいこと考えてない!w

ていうかこれ書いてる
ノブナガもきっと
そんな論理的思考は
していない!w

と突っ込んでは
いけません。

なんかテキトーに
やっていそうな
オバチャンオジサンの
ケアマネであっても
ほとんど無意識的に
そういう組み立ては
頭でやってるはずです。

もちろん向き不向きや
センスの有無によって
ケアマネの腕の違いは
存在していると思いますが…




さて、前置きが長すぎですが
ここからが本題。

昨日Twitterで
ゲーム仲間の方が
呟いていたのですが
これまで述べた
課題の分析方法や
解決方法の導きかたは
ロジカルシンキングと
いうそうです。

確かにそうなんです。

実は介護というのは、
同情やボランティア精神で
やっているのではないのです。

介護という性質上、
スタッフや利用者の
感情が入ってきますし
それもダメじゃないけど
そういう人ばかりだと
決して利用者さんは
良くなりません。

ですからある程度の指標を示して
そこに到達できるような
ケアをスタッフに
してもらうための
指示が出せる人が
必要なんです。

それがケアマネの
役割のひとつです。

とくに施設ケアマネに
求められる能力は
それです。

これがわかってないから
ケアマネ不要論などが
生まれてくるのですが
わかってないから
言ってるので無視しましょう。

一見、介護と不釣り合いに見えて
実はロジカルシンキングの
センスというのは、
介護にこそ必要なんです。



しかし看取りはどうでしょう。

現実に何人も看取りをして
僕自身が感じているのは、
本当は看取りには
看取りのための独特なセンスが
必要じゃないかという
ことです。

そもそも看取るということは

「良くなるために
リハビリをしてもらう」

という介護保険の
概念からは大きく
外れてくるのです。

であるからこそ、
介護士に看取りを
求めること自体も
本来は議論の余地も
あると思うんですが。

ともあれ国は
施設にそれをしろと
言ってきてますから
やらなければならない
施設はこの先も増えます。

看取りをすることが
どうしても負担になり、
ストレスに感じる
スタッフだったり
ケアマネが存在するのは
ロジカルシンキングから
どうしても抜け出せない
教育を受けているからです。

「良くしたい」

と思っているのに

「日々悪くなる」

人が亡くなるというのは
つまりそういうことですが、
突き詰めれば介護保険も
人間の感情としても

「死なせてはいけない」

という考え方に最初から
支配されています。

人道的にはもちろん
当たり前の話です。

救命の方々なんて
とくにそうだと思うけど
どんなに厳しい状態でも
全力は尽くしてくださると
思います。

これは本当に人として
守るべきことであって
僕らもそれ自体は
変わりません。

ただ、あくまでも
看取り期、ということに
焦点をしぼった場合

「死なせてはいけない」

という前提を忘れる
必要があります。

非常に極端な言い方ですが

「死んでもいい」

というか

「死んでいい」

と思ってあげられないと
看取りは出来ないんです。

ここで言う

「死んでいい」

とは何かを放棄するとか
手を抜くという意味では
まったくないですよ。

人間が自然にたどる流れとして
必ず訪れる死を、

避けなければいけない、
克服しなきゃいけない、
死ぬとは大問題である!

として考えるのでなく、
まず受け入れる。

そのうえで

「良くするために」

ではない方向からの
支援が必要になります。

でもこれも突き詰めれば

「理想的な姿の実現」

なんですが。

だってそうでしょう?

死とは人間にとって
生涯たった一度しかないんです。

実は人間のゴールに
待っている、
一番大事な自己実現なんです。


このとき必要になる
ケアマネの思考方法は
先ほど書いた
ロジカルシンキングでなく
ラテラルシンキングです。

論理的な概念から
ひとつ抜け出して、
別の視点から
ケアを考えることが
看取り介護には必要です。

例えば

「末期で物が食べられない」

という状態の人に対し

「食べさせると
喉に詰まるから絶対ダメ!」

「栄養補給が必要だから
毎日点滴をしよう」

これがロジカルシンキング。

「そもそも食べるとは
どういうことだろうか?」

「食による喜びとは
しっかり食べて飲み込む
ことだけなんだろうか?」

「たった一口であっても
口の中に入れてあげたら
味だけは感じられたり
匂いを楽しめるのでは
ないだろうか」

「それだって立派な
食事のひとつの形ではないか」

という目線から
考えるのが
ラテラルシンキングです。

これはそんな難しい言葉を
使わなくても、
僕は普通に利用者さんの
状態によって
自然に思考方法を変えて
対応しているんですが…

意外とできないスタッフ、
ケアマネはたくさんいます。

つまづく人、
悩む人、
私には何もしてあげられない。

そう感じる人は
大抵これで苦しんで
いるのです。

看取りみたいな難しい
ことではなくても…




利用者さんが9人いるのに
コロッケが8個しかない!
足りない!
困る!!!
平等じゃない!




と騒ぐスタッフがいますが、
じゃあそんなのは
8個全部を切ってそれを
均等に分配したら
平等になります。

「コロッケ1個を
丸々食べさせないといけない」

という思い込みが、
思考を固くするのです。



看取りというのは、
そのほとんどが
論理的ではないし
こちらの想像を越えます。

そして僕らは基本、
それを習っていない。

習っているのはあくまでも
ロジカルシンキングによる
利用者さんを良くするには
どうしたらいいのかという
思考回路であって、
普段やっているのも
それです。

だから看取り介護には
それ専門のセンスや資格が
必要かもしれないと
感じます。

例えばケアマネの
資格の種類として、
看取りコーディネーター的な
職種でも増やすか…

いや…試験受けるのも
研修受けるのも、
もう嫌ですけどw

ただ、経験もなく
勉強もしていない
ケアマネやスタッフに
突然やれって言っても
やるほうも苦しいと
思うんですよ。

もちろん何かミスがあれば
家族に責められたり、
訴訟のリスクだって
あります。

人の命ですからね。

それも当然です。




もちろん僕自身も
何か学んでるわけじゃなく
僕だって最初の一人目は
初めてだったわけで…

結局は経験を積んで
今があるだけなんですけど。

でもその経験を積む過程で
挫折しちゃう人が
すごく多いと思いますよ。

目の前で人が死ぬ、
ということに対して
医師や看護師を
目指してその職業に
就いた方々は、
当然学生の頃から
そういう勉強をしてます。

ある程度は覚悟のうえで
医療職に就くものです。

介護士って自分もだけど
そうではない人が多いからね…

仕事がないから
介護でもやるかーとか、
他の仕事できないけど
介護くらいならできるかも
みたいな甘い考えで
入ってくる人が
非常に多いですし。

その人たちを
バカにしてるでもなく、
僕も最初はそうです。

ただたまたま向いていたか、
なんとなくできるから
15年以上やってますが、
すぐ辞める人のほうが
多いんですよ。

辞めて転々としますが、
介護業界はいつも
求人が出ているので
またなんとなーく
介護の仕事に就きます。

雇う側も人手不足なので
とにかく来れば
大抵は採用です。

門はいつも開いてる。

国の認識も

「介護なんてその程度で
できる仕事」

になっているから、
給料も恵まれません。



でも現実にはとても
重たいものを背負って
業務をしています。

であればこそ、
とくに看取りについては
ケアマネに専門性を求めても
いいのではないかと
最近感じています。