男尊女卑という伝統 | NobunagAのブログ

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■男尊女卑という伝統■

土俵の上であいさつをしている途中、
倒れてしまった市長を助けるため
救命処置をおこなおうと
看護師の女性が土俵に上がった際、

「女性は土俵から降りてください」

とアナウンスされたことが
あまりにも女性蔑視だと
問題になっている。

自分もあれ見てあきれ果てた。

おまけに報道される際にも

「相撲は神事であるから
女性が土俵に上がっては
いけないという伝統がある」

などということが前提として
語られているので、
余計にあきれる。

相撲が古来神事であることは
疑うべくもないのだが、
そのいにしえの時代、
たとえば日本書紀の中にも
女相撲の言葉があるし、
江戸時代にも女性の
相撲興行はおこなわれていた。

ただ、女性が肌をあらわに
争うということが、
本来の相撲の本質よりも
性的な側面を持ってしまう
(これもあくまで男側が、
そういう目で見るからだが)
そのために慣例として
女性は土俵に上がるべからず、
というしきたりができていった
ものだと思う。

「神様が怒るから」

「神様が嫉妬するから」

という理由は後付けなだけです。

ましてや人の命が
かかっているときに、
それを救おうと行動する人を
神様が罰するわけがない。

だいたいあまりにも
情けないのであるが、
市長が倒れてるときに
真っ先に救命の行動をしたのが女性、
男どもは何してたかっていえば
まわりでオロオロしてるだけであるw

挙句の果てに
何を血迷ったのか知らんが

「女は土俵から降りなさい」

などと救命活動の邪魔さえ
する始末だ。

相撲は格闘技でもあるのに
運営側の人間が、
救命方法を学んでない、
あるいは学んでいても
実践できない。

そのカッコ悪さを
覆い隠すために必死で

「土俵は男の場所だ!」

と見当違いのことを
言い張るんだからもはや滑稽である。

話にならない。

まったく話にならないのだが、
これ介護の現場でも
けっこうあるんだ…。

情けないが。

利用者さんが倒れたとき、
男はあたふたするだけで
まともに対処できない。

そのため

「ちょっとアンタ邪魔だから
ボーっと突っ立ってないで!
早くどいて!」

と女性看護師に、
突き飛ばされてる場面すら
目にするw

前にも書いたが、
緊急時に急いで俺と女性の
看護師とで、
患者さんをベッドに寝かしても男は

「あの~、おしっこ
漏らしちゃうと困るから
防水シーツ敷きたいんですけど
いったんどかしてくれませんか?」

などとマニュアル通りのことしか
頭にないから、
いざというときほど
トンチンカンなことを言い出す。

おまけにそれでいて

「自分は仕事をしている」

と思い込んでる。

自分がいかに場にそぐわない
チンプンカンプンなことを
しゃべっているのか
全然理解できてない。

ああいうアナウンスをする
若い行司なんてまさにそれ。

頭が痛い問題だな。


だから基本的に俺は、
緊急時ほど女性の判断を
あてにする。

女性は夢を見ない。

現実的であるから
現実にピンチなときには
女性のほうが冷静な判断を
くだせる。





基本的に女性に対する
差別感情なんてのは、
男の側からの

「わからないものへの恐れ」

に過ぎない。


女性の存在自体が
神秘的であるのは、
俺も男なので否定しない。

男は命を生み出せないが
女は命を生み出せる。

自分にできないことが
できる存在というのは、
恐ろしくもあるものです。



女性が「ケガレ」であるという
観念というのも、
べつに悪い意味だけではなくて、
女性というものの持つ、
男にはわからない神秘性から
きているのです。

わからないもの、
こわいもの。

だから女性は夜や月、
いわゆる闇の象徴として、
男性は光の象徴として
描かれることが多い。

でも仮に女性が「ケガレ」であって
「闇」であるとしても、
現実に世界の神話を
紐解けば女性という存在が
どれだけ欠かせないものであるか
よくわかる。

日本の主神は
アマテラスという女性の神、
女性である卑弥呼が
おさめていた時代もあれば、
女性が天皇をしていたこともある。

聖書においても

「はじめに闇があって、
神様が光あれ、
と言葉にしたことで
光が生まれた」

ということになっている。

つまり光よりも前に、
闇のほうが存在はしている。

神様の発した「光あれ」という
言葉を最初からそこにあった
闇が受け入れたことで、
世界が生まれているのです。

生み出すもの、
それは女性なんです。

他の国の神話でも、
たいていは人や大地が
存在する前には原初の海、
あるいは宇宙が存在していて
それこそがすべての命の
源であるとすれば、
女性を意味するんですよ。


人間の歴史のほとんどが
男性が一方的に紡いできた
ものであるから、
自分たちにとって
理解ができない存在である
女性を穢れているものとして
勝手に認定してきただけで、
実際には女性というものが存在して
初めて世界のことわりが
成り立っている。


もっと大きな意味でいえば
人類そのものが、
地球というおかあさんの
子宮で守られてる存在。

あるいはその地球も、
宇宙というおかあさんから
生まれている存在です。



男尊女卑やらなにやらは
あくまでも男の照れ隠し、見栄、
虚勢、あるいは女性への畏れ
から発生する感情であって
おおむね簡単に言うと
女性という

「おかあさん」

のてのひらのうえで

「俺は男だ!偉いんだぞ!」

とふんぞり返ってるだけです。

ただ単にそれを
女性の側が母性もあるので

「男はバカでかわいいなぁ」

もしくは単純に筋力という意味で
男のほうが強いから

「しょうがない」

と許してくれてきたから
それなりに成り立つわけ。

したたかな女性であれば
そういう男の感情を
うまく利用しながら
男をコントロールして
動かす人もいます。


世界の歴史なんか見れば
たいがいそんなんですよw



男尊女卑という伝統が
場合によってはあるにしても、
あくまで歴史の通例として
そういう風習があるだけで
べつに誇れる伝統だとか
将来ずっと守らなきゃいけない
ものというわけではない。

ましてや一人の命が
かかっている場面において。




こういうことを、
相撲協会の連中やら
若い行司はちゃんと
わかって話してるか?


女性は女性であることを
誇りに思っていいし、
男は

「俺は男なんだぞ!」

と言うときには、
一種の気恥ずかしさをもって
語るべし。



俺はこれからも現場では
女性の判断を信用し、
でも時々は男であることで
うまく甘えさせてもらいつつ
やっていきますw