■突然死か自然死か■
先日、日記のほうに少し
書いたのですが、
利用者さんが急に亡くなって
しまうということがありました。
子供の予定がある日だったので
けっこう大変だったのですが、
それはさておき…
前々日の夜勤が僕で、
そのときはこの方、
一晩中(相変わらずというか)
寝ないで騒いだりしていて
前日の朝までは確かに元気でした。
ところがその日の昼から夕方
くらいにかけて、
痰がひどく絡んだりして
熱も出始めていたようで
そのまま翌日の早朝、
スタッフが見に行ったときには
息を引き取ってしまっていたと
いうことなんです。
僕がかけつけたときにはもう、
明らかに息がない状態でした。
93歳です。
普通に考えたら、
まず大往生といっていい
年齢とは思います。
10日ほど前にインフルエンザに
かかっていたので、
症状は治っていたのですが
おそらくはそこをきっかけに
また一段体力が落ちてしまい、
痰がらみもあり
肺炎を起こしてしまったのでは
ないかというのが、
先生の診断でした。
が、なにぶん一日で亡くなったと
いう点だけを見ると
突然死ではありますから、
最初はご家族もショックが強く
しっかり受け容れることが
難しいのかなという感じもしました。
僕との仲もまったく
悪くないご家族なんですが、
あんなに硬い顔をしていたのは
初めてだったので、
考えすぎかもしれませんが、
世間でも虐待死なんてものも
話題になってたりもするので
何か不審な死であると
思われてしまっていたのかも
しれません。
そこに悪意や極端な不信感
などはもちろんないにしても、
突然のことを理解するのは
誰だって難しいものです。
そもそもスタッフから
連絡を受けた僕自身も
「ええっ?まさか!?」
が第一声でしたし…。
いろいろ説明もしてご理解は
いただけたと思うのですが、
家族にとっては大切な
たった一人のおじいちゃんですから
釈然としない気持ちが
生じることも理解できない
わけではありません。
長い時間をかけての
看取りを行っている場合、
スタッフも家族もある程度の
覚悟は持ちますが、
今回のようにそれなりに
元気でいた方が比較的突然、
亡くなってしまう場合には
誰もが心の準備をすることは
とても困難です。
場合によっては
「なぜこんなに急なんだ!
おかしいじゃないか!」
と詰め寄られることも
ないわけではないんです。
しかし急であることが、
おかしいと言われてしまうと、
施設での死を否定することに
なってしまいます。
一般的な感覚でいえば
確かに本当に元気な人が
一日や二日で死に至ったら
急であると思います。
たとえば僕が今日や明日死ぬ確率は
限りなく0に近いでしょう。
腰も肩も痛くて若いころよりは
元気もないです。
不規則勤務で常にフラフラだし、
今日も夜勤明けで薬を飲みつつ
無理に元気を出して、
ブログも書いてますが、
疲れてはいます。
それは病気ではないので
死にはつながらないとしても
あまり無理ばかりしていると、
いや無理をしなくたって、
何かのきっかけに
突然、心臓が止まることは
あるかもしれない。
まずそれもないだろうけど…w
しかし0%ではないんですね。
これが90代ならおそろしいほど
その数字は高まります。
今、うちの施設にいる
90代の方々のうち、
誰かが明日亡くなる確率なら
やはりかなり0に近いでしょうが
1年後であれば20%くらいは
あるかもしれません。
3年後は70%、5年後なら
おそらく99%に近いです。
10年後なら間違いなく100%。
そもそもほとんどの方が
すでに世間一般の平均寿命を
超えています。
80代前半すら少なく、
80代後半から90代が
非常に多いです。
しかもみんな何かしらの
持病はあります。
高血圧などはもはや
ない人のほうが珍しく、
それ単体では死につながることは
めったにないけれど、
大きな病気を引き起こす
要因にもなります。
それ以前に80年、90年も
心臓は動き続けているのですから
かなりすり減っていても
自然なことですよね。
だから人は死ぬんです。
永遠に生きる人は誰一人いない。
そのため施設で亡くなることが
おかしなこと、不審なことと
思われてしまったり、
責められてしまうと
とんでもなくリスクの高い仕事を
していることになってしまいます。
なぜなら先ほど書いたように
一日一日、死の確率が
高まる人たちを何人も見ていて
いずれは誰もが100%に至る、
それが介護だからです。
むしろそれが人間です。
お世話をしている方は
一人の例外もなく
必ず亡くなります。
実を言うと以前、
95歳の方が脳出血を起こし、
救急車を呼んで入院され
数日後に亡くなられたのですが
「急に脳出血を起こすなんて
おかしいんじゃないか、
ちょっと納得できないから
記録を読ませてくれ」
と家族に言われて
見せてさしあげたこともあります。
もちろんとくに不審なことは
まったくなかったので、
ちゃんと納得してくださいましたが…
脳出血というのは、
突然起きる病気なので
もちろん急であっても
何ら不思議ではないんです。
というか急であるほうが
普通なのです。
先日、若くして亡くなった
僕の知人も脳出血でした。
それなりに若い人でも
そうなってしまうのだから
95歳であればなおさら、
その可能性は誰もが秘めています。
確かに早期発見が重要で
場合によっては、
命だけは助けられることも
あります。
そこはスタッフの観察力も
問われる部分ではあります。
が、なにぶん認知症の方に対して
その兆候をすべて見破るのは
本当に難しいです。
昔、いつもいつもすぐに
怒る利用者さんが何を言っても
ひたすら笑っていたということが
ありました。
とにかく常に笑ってばかり
いるので何か変だぞ?と
感じたので、
「どこか痛いですか?」
と尋ねても
「ウフフ!!アーッハッハ!!」
と笑うばかり。
顔色が悪いでもない。
いろいろ体を触るとおなかを
触ったときだけ
「痛い痛い!」
と言う。
以前に別の施設にいたとき
腸閉塞をされたことが
あるという情報を知っていたので
僕はそれかと思ったのですが、
受診したところ
「脳梗塞」
でした。
さっぱりわかりませんw
が、そのいつもと何かが違う、
ということに気づけば、
防げる可能性もあります。
もっともこのときは、
その後家族から
「お金がないのに脳梗塞なんて
発見してもらって困る…
点滴代金すら払えない」
という実に大変な状況になり
僕も困りましたが、
それはまた別の機会に…
とにかく些細な異変に
気づければあるいは、
とういうことはあるんですが
たとえばそれを発見したとして
上に書いたように
命を救うことが結果的に
プラスなのかマイナスなのか
わからないことすらあるのです。
実を言うと今回亡くなった方は
以前に多臓器不全で
病院へ入院、
「もうもたないでしょうね」
と言われたのですが、
その後復活して退院して
再入居。
また元気になりましたが、
いかんせん認知症がひどく
夜、歩き回って骨折してしまい
また入院。
今度は病院で食べ物をつまらせ
心肺停止から蘇生。
しばらくして退院となりましたが
病院からは
「一見、元気ですが
本当はいつ亡くなっても
おかしくないです。
一か月くらいで亡くなっても
不思議ではないです。
ですから最後は住み慣れた
ホームで少しでも人間らしい
生活をしながら亡くなるのが
一番良いのではないでしょうか」
と提案されての再入居だったのです。
しかし回復は劇的で
入院中はヘロヘロだったのが
とても元気でしたが…
でも病院で言われたように
血液検査の数値などは
あまり良くなかったし、
健康とまでは言えませんでした。
ですから今回の、
肺炎になって一日で亡くなった、
という部分だけをとらえたら
突然死ではあるけれど、
長い大きな流れで見たら
本当に自然なことなんですよ。
元気にしていたけれど、
病院で言われていた通り
だったね、
それでも前日までは
夜中に騒ぐくらいにごく普通に
いつも通りの生活ができて、
最期は苦しむ期間も
短く済んだよねと
とらえてもなんにも
問題ないと思います。
というかそのほうが
いいと思います。
一か月で亡くなっても
おかしくない、
そう言われていたのに
半年以上もちました。
亡くなる前の日には
自分で箸を使ってごはんも食べた。
大変であっても…
スタッフも僕も厳しかったかも
しれませんがw
立ってトイレに行けるようになり
ギリギリまでは自分のことは
自分でしていました。
これが病院であれば、
おしっこもうんこも
全部、オムツにすれば
看護師に替えてもらえるから
立つ力もなくなり
寝たきりになる。
ごはんも毎回介助してもらう、
だけど腹が減って間食して
喉をつまらせる。
そのせいでろくに
食べられなくなって
最終的には誤嚥予防のために
絶食状態になり、
いつも栄養補給の管につながれる。
その管が気持ち悪いから
取ろうとしてしまうと
治療名目で紐で
縛られたり、
つなぎを着せられる。
そういう中でできるだけ、
細く長く、
ただ生命を永らえることを
第一とするならば
そんな死に方もあります。
でもこの死に方は、
家族にとってはできるだけ
大好きなおじいちゃんを
長く顔だけでも見られるから
満足はできるけれど、
おじいちゃんにとって
それがしあわせなことかな?
今、思い返すとここ数日、
珍しく
「家に帰りたいな~」
と言ったり亡くなった
奥様の名前を呼ぶようなことが
ありました。
それも夜中大声なので困ってたのですが、
それはそれで本人しかわからない
死の兆候というものは
あったかもしれません。
僕の観察力というか
直感がもっともっと
鋭かったなら
「この人はそろそろ
亡くなるかも!」
と思えたんでしょうか。
が、それだけでまさか救急車も
呼べませんし、
お医者さんにも怒られます。
ましてや帰宅願望や、
亡くなった人を呼ぶくらいのことは
認知症の施設では日常茶飯事に
耳にすることなので、
この環境でそれを特別な
病変に結び付けるのは
たぶん無理でしょう。
以前に老衰で亡くなっていく
奥様を目にしたご主人が、
それまでは施設で看取る、
と話していたのですが
その日の朝まで元気だったのが
あまりに急になってしまったので
お気持ちが変わって、
救急車を呼んだところ
「自然に死んでいくのに
なんで救急車を呼ぶんだ!」
と怒られてしまったことも
ありましたね…。
人がいつ死ぬのか、
それが自然なのか突然なのか
という見分けは
本当に難しいところです。
僕が思うのは突然死も含めての
自然死ではないでしょうか。
その人の寿命はそれぞれに違い、
実に長い時間をかけて
死に至る方もいれば、
比較的あっさりと亡くなる方もいます。
しかしその誰もが、
生はまっとうしていると思います。
事故死とか他殺などとは
あきらかに違いますからね。
突然死は受け容れることが難しい、
僕も鬼じゃないし本当は
同じ思いです。
だけれどさまざまな死を
これまでに目にしてきています。
そういう死に方というのも
いくらでもあります。
僕の親だってそうなるのかも
しれません。
今、できることは亡くなった方の
ご冥福を祈ること。
これからできることは、
今までのようにその死を、
その生を無駄にしないように
その方から学んだことのすべてを
次に出会う方に生かしていくと
いうことだけです。