■命の価値は■
先日の新聞に、
以前うちのホームにいた方の
訃報が載ってた。
こう言ってはなんですが
非常に手のかかる人で
来た初日の夜は、
ちっとも寝てくれずに
部屋の中で活動しまくりで
夜勤者から、
対応できませ~んと、
呼び出されたり
大変だったな…。
何か宗教もされていて
その行動と認知症の行動とが
重なりあって実に大変で、
研修会の事例に
させていただいたくらいw
家族の事情で、
グループホームから
特養へ移られ、
その後会うこともないまま、
こうしてお別れを迎えた。
スタッフの中からは
「ここにいたら、
もう少し長生きは
させてあげられたかも、
元気な人だったから」
との声も聞かれた。
俺もそう思う気持ちはある。
もちろん特養の対応が
悪いということじゃない。
ただ、特養みたいな
100人の中の一人として
見るよりも、
うちの施設であれば
9人、あるいは18人の一人として
ある程度手厚く見て
あげられるんだ。
うちは医療法人経営なので
看護師は常駐してないとはいえ
俺と先生との間で、
緊急対応はできることもあり、
比較的、入居者の健康は
保つことができるんだよね。
でもこればかりは
仕方のないこと。
こんなふうに自分達には
どうにもできない、
永遠の別れというのも
たくさんたくさん経験している。
最近、とてもつらい
ニュースが多くて、
なぜ簡単に人を傷つける
ことができるのか、
まったく理解できない。
知人が事件に巻き込まれ
亡くなってしまった。
また沖縄での頭のおかしい
アメリカ軍属の男による、
強姦殺害事件。
アイドルが刺される事件まで…。
そりゃ犯人には
犯人なりの言い分、言い訳が
あるのでしょうね。
しかし人の命を
奪ってまで達成すべき
願望ってなんなんだ?
ていうか何様なんでしょうか?
自分にも子供が出来てから、
とくに人の命の大切さを
改めて学ぶ日々だ。
人間は一人で生きてる
わけではなくて、
そこに誰かがいるということは
その人を愛する人間が、
大勢いてその人が
成り立っているということ。
刺されたアイドルの、
Twitterを見たら、
彼女が子供の頃の写真や、
親への感謝が綴られていた。
アイドルといっても、
一人の人間です。
ファンだけのものではない。
その子を育てたおとうさん、
おかあさん、
いろんな人の愛情の結晶が
そこにいるその人だ。
道を歩いている他人もそう。
誰もが誰かに愛されて
この世にいる大切な命。
それを自分が奪っていいなどと
なぜ考えられるのか
まったく理解ができない。
神様にでもなったつもりなのか。
よくあるDV事件にしてもね、
全部そうだよ。
相手を独り占めにしたい、
その感情自体が
俺にはちっともないので
まったくわけがわからない。
自分にも奥さんがいるし、
そりゃもちろん愛してるから
結婚しているんだが、
独り占めにしたい、
意のままにしたい、
言うことを聞かないと
許せないなどと、
思ったことが一度もない。
なぜなら相手を違う人間として
見ているからだ。
それに、ケンカも
ほとんどしないが、
仮にしたとしても
殴ったり暴力などまずしないし、
傷つけたいなどと思うこともない。
これも相手が違う人間だから。
違う人間ということは、
つまりは相手を愛しているのは
俺だけじゃないってことだよ。
相手の親、親戚、友人。
相手を傷つけるということは
相手を愛する誰かのことも
傷つけることを意味する。
それがわからない人って
バカなんじゃないだろうか。
命というのは、
非常に価値が高いんだ。
たくさんの人に愛されて生まれ、
愛されて育っている。
その過程で食事をすることで
多くの命を吸収しながら、
そこにいるその人が
成り立っている。
だからいろんな愛情と
命の結晶がその人なんです。
それをたかが人間一人が
自分の歪んだ欲望のために
奪っていいはずがないんだよ。
冒頭で書いたように、
俺なんかはとてもたくさんの
お別れをしょっちゅう経験する。
みとりの場面では
手を握ったまま、
亡くなる人もいるよ。
人間というのは誰だって
死んでいくのです。
だからこそ、
生きている人には
精一杯生きてほしいし、
その命を奪うようなことを
やめてほしいです。
まわりの人が
たのしく生きられるように
お手伝いをしていくことが
同じ命を持つ人間の
最低限の責務じゃないか。
人の命は奪うものではなく、
お互いに支えあうものです。
それを放棄してる
奴等にどうか神様か
司法の鉄槌がくだりますように。