■平等に注意することはできない■
今回は介護に限った
話ではないですが…
たとえば部署のリーダーとか
管理職的な立場になると
まわりの者に注意を
しなくてはいけない場面に
出くわします。
これが僕は苦手なんですが…
それでもどうしても、
これは言わないとダメだぞ、
ということは心を鬼にして
注意するということに
なります。
それにしても注意された、
いわゆる「怒られた」という
ことに関しては、
された側の反応って
それぞれですよね。
あまり落ち込まれても、
おいおい、そこまで怒ってる
わけでもないし、
次に気をつければ
それでいいんだよと思います。
その反面、
なんで自分が怒られる!?
あの人だってダメじゃないか!
とか他人を引き合いに
出してくるタイプもいます。
これが厄介だ。
たとえば遅刻をしたという、
簡単な例をあげてみましょう。
Aさん
勤務態度もまじめで、
利用者さんからも好かれてる。
Bさん
普段から勤務態度も悪く、
利用者さんからも嫌われてる。
こういう二人が同じ遅刻という
ミスをしてしまったとき、
平等に怒ることはできません。
むしろAさんに関しては
おや?何かあったのかな?
大丈夫かな?
と心配になります。
でもBさんについては
コノヤロー、ついに
遅刻までしやがった!
今回こそは注意してやる!
となります…
これに対してBさんからすれば
「どうして自分ばかり!
Aさんだって同罪じゃないか!
差別だ!不平等だ!」
と不満を持つわけです。
でもこれが人間社会じゃ
ないですかね。
裁判でも情状酌量って
考えがあるでしょう。
ごくたまにバカな犯人が
「犯した罪に対して
刑が重すぎる!」
とか言い出すことがありますが、
つまりは罪そのものよりも、
そこに至る過程だとか
普段の姿から判断を
されているわけです。
仕事をしていれば
ミスがないなどということは
ありません。
それよりも普段から、
いかに真面目につとめて
周囲の信頼を得ておくか。
それが大事なんだと思います。
不平等かどうか知りませんが
それが世の中だとは
僕は思っています。
しかしながら、
普段の行いも自分に反ってくる
ものであると考えれば、
平等ではないとしても、
公平であるとは言えるでしょう。