■介護に例外など存在しない■
納豆を食べれば認知症が予防できる。
メマリーを飲めば治る。
抑肝散で治る。
センター方式が認知症の切り札。
バリデーションで改善する。
ユマニチュードは認知症を治せる。
認知症を治す魔法の方法みたいに
定期的にこれらの情報が
マスコミで極端に取り上げられては
忘れ去られていきます。
で、結局治りましたか?
治った方、おめでとうございます。
でも大抵はそうじゃないですよね。
もしそうなら僕も他の仕事に
転職していますからね。
認知症は現段階では
治りません。
こういう番組の最後には
「効果には個人差があります」
「すべての方への効果を
保証するものではありません」
「一部、効果がない方もいます」
的なテロップが出ますから、
頭から信じ込むのも
問題なんですけどね。
しかしこういうテロップにしたって
「効果がない人のほうが、
一部である」
というふうに
読み取れてしまいますから
それも考えものです。
僕からすれば確かにそれらの方法で、
多少なりとも改善する人はいる。
ごくまれに完全に症状が
止まる人もいるかもしれない。
でもそれのほうが少数です。
そもそもこの先、
もしかして99%の認知症の方に
効果的な方法が
発見されたとしてもですよ。
それをもって認知症の方が
完全に救われるわけではありません。
99%ということは、
100人のうちの99人は良くなります。
その中のたった1人だけ
効果がないのだとしたら、
その1人は例外として切り捨てても
いいのかもしれませんね。
しかし1000人いたら10人、
100万人いたら1万人ですよ。
日本にいる認知症高齢者の数は
460万人以上です。
2025年には700万人になるとも
言われています。
つまり99%効果がある方法が
発見されたとしても、
現段階ですら4万6000人は
救えないということです。
1%の例外だから切り捨てて良いと
いうわけがありませんよね。
だってその一人ひとりが
生きています。
生きているということは
3食必要とし、
一日の間に何度か排泄もし、
その人数分の症状が存在し、
全員が介護を必要としているのですから。
それに認知症といっても
さまざまなんです。
わりと有名なものでも
アルツハイマー、脳血管性、
レビー、前頭側頭型が
ありますが、
他にもアルコール性のものや
高次脳機能障害や水頭症の影響とか
あるいは完全に分類不能で
判別できないものもあります。
さらに認知症「だけ」を患っている人は
まだ良いとして、
そこに統合失調症や、
うつ病なども併発しているケースも
けっこうあります。
当然、失語症などの方もいます。
その人たち全員例外?
まぁそうなんでしょうね。
統計上の話だけならね。
でもデータ上どうであろうと、
少数であろうと、
その人たちも生きているんですよね。
「認知症とはこういうものである」
「認知症はこうすれば治るのだ」
などと言い切ることが
いかに危険なことか。
以前から書いていますが、
僕らの施設では事前の情報だけで
入居を断ったりはしません。
ですから重度の方も受け入れます。
そのほとんどはいわゆる
「例外」
に位置する方なのでしょうね。
認知症の薬が効かない、
あるいは病院にも行っていない、
連れていってくれる人すらいない。
入院中に騒ぎすぎて
退院させられた。
重度すぎて他人に迷惑だと
他の施設から追い出された。
みんな例外だから、
弾かれてるのでしょうね。
「私たちが見るべき相手じゃない」
「どうせ良くならない」
ってね。
実際のところそういう方々を
受け入れてどうなのか。
僕の持論としては
ある程度の改善はできています。
でもそれは完全に良くなるとか、
そういうことを意味しません。
たとえば家族が一番困っていた
徘徊や暴力はなくなりましたよとか、
いつも怒っていた方が
笑顔になりましたよ、
くらいのものです。
残念ながら
「もう一度あの元気だったころの
お母さんに戻してください」
とか
「あの自慢の父親の姿を
もう一度取り戻してほしい」
という家族の素直な願いを
僕らは叶えることができません。
それどころか
しまいには赤ちゃんみたいになって
死んでしまう方だっています。
それでもご家族のほとんどが
「ここで最期を迎えられてよかった」
と言ってくださいます。
他の施設へ行った方であっても
「確かに今の施設は寝たきりでも
満足にお風呂には入れるし
ごはんも全部介助してくれる。
何不自由ない環境だろう。
だけどあなたたちの施設にいたときのほうが
人間らしい生活をしていた」
と言ってくれます。
なぜかといえば、
僕らはたとえ例外でも
あきらめてはいないからです。
一緒に悩んでくれる医師もいます。
完全に治せるケースは
ほとんどありません。
それが認知症の現実です。
でも最期の瞬間までは
全力を尽くしますし
そこに例外など存在しません。
ありとあらゆる症状に出会います。
教科書や参考書には
出てないようなものばかりです。
そのたびに悩み、
専門医にも相談し、
結局どうにもできないことも多々あります。
そんな僕らは無力?
無意味?
そうではないと思います。
これまでならすぐにサジを投げられた。
そんな父の、あるいは母の
認知症を治してくれることが
一番の望みなのでしょうか?
違うと思います。
そんな父や母のことで
一生懸命に悩み、
実際に汗を流して介護し、
ときにはウンコまみれで格闘し、
自分たちが味わったつらさを共有し、
最期のときまで傍らにいてくれる、
そんな相手を必要としているのでは?
ともに歩んでくれる介護士を
求めているのでは?
効くか効かないかわからない
認知症を治す魔法と、
最期まであきらめずに
支援してくれる人と
どっちが大切なのか。
認知症の知識がない職員には
本を読みなさい、
もっと勉強しなさい、
研修にも行きなさい。
そう伝えます。
でもスタートラインはその先です。
せっかく勉強したのに、
あれ?通じないぞ?
なぜ?
これじゃ私の存在意義って?
それどころかこの利用者さんたちの
存在理由って何?
そう思ったところが、
プロの介護士とての始まりです。
「本が正しいはずなのに!」
「私は悪くないのに!」
「通じない利用者が悪いんだ!」
そうやって辞めていく奴も
いっぱいいます。
例外を認められないんでしょうね。
しかしすべての利用者に
介護が必要であるというのが現実で、
例外なんてものは
どこにもないんですよ。
自分の目のまえに見ているもの、
それがすべてです。