365日の紙飛行機と山本彩を再び擁護 | NobunagAのブログ

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■365日の紙飛行機と山本彩を再び擁護■

CDだけでなく
「365日の紙飛行機」の楽譜も
注文が殺到しているそうだ。

演奏してみたい、
あるいは合唱で使いたい。

一般層からのそんな声が
大きく届いているという。

もちろん普通の感性を持つ
そういった人たちもいればいるほど
アンチもムキになって
ネットにイヤミを書きまくっているね。

なぜ良いものは良いと、
素直に言えないのか実に不思議だな。

仕事中この歌が流れると
認知症のお年寄りでさえ

「ああ、いい歌だね」

「これ聴くと元気になるね」

って言うんだよ。

お年寄りにとっては
歌っているのがAKBだ、
さやねえだなどというのは
何の関係もないんだ。

良いものは良い、
ダメなものはダメ。

ところがアンチにとっては

「AKBである」
「山本彩である」

というのがどうしても認められないらしい。
よほど恨みでもあるんだろう。
お気の毒だ。

AKBが握手券がメインになってしまって
CDをおまけに換えてしまった、
という見方ももちろんわからなくはない。

しかし恋チュンや今回の
「365日の紙飛行機」のように
握手券なんか関係なしに
良いものは売れるということも
真実である。

どこにどう金を使うかなんて
もともと個人の自由だ。

AKBヲタが握手券欲しくて
シングルを買い、
そうじゃない人も「365日の紙飛行機」が
聴きたくて買う。

非常に正常な反応だよ。

これをなぜ今になっても批判を
し続けるのだろうね。

山本彩の歌が

「思ってたより」「AKEにしては」

上手だから?

下手なら批判されるし
上手でも批判されるなら
どうすりゃいいんだよw

上手なのは当然だよ。

元々がアイドル志向ではなく、
バンドやってた子なんだから。

AKBだからといって

アイドル=男に媚びようとしてる

というイメージが偏見だ。

前の記事でも書いたが
歌い方にクセがあるという批判も
頭がどうかしている。

個人が歌うときにその人らしさが
存在するのはごく当然で、
何のクセもなく歌わなきゃいけないなら
機械にやらせるしかない。

もっとも機械であるはずの
初音ミクもミクの声だがなw

有名な歌手というのは
よくモノマネの対象になるが
それだけ個性があるということなんだよ。

一方でただカラオケがうまいだけの
歌手って生き残らないでしょ?


ということでさあみんな、
もう一度聴いてみよう!

聞き苦しい歌い方か?
発音がおかしいか?
男に媚びてるか?

俺にはそう聴こえないな。

のびやかに楽しそうに歌ってる
とても心地いい声だ。