■愛をごまかしに使ってはいけない■
なぜ昨日あのようなことを
書いたかというと、
実は多少理由があります。
ここ最近は介護に向く人、
向かない人というニュアンスの記事も
書いていますが、
これは単純にたとえば
若いゆとり世代を批判しているとか、
教科書型人間を批判しているとか
そういうわけでもありません。
つまりはベテランであっても、
向いてない人は向いてない、
僕はそう思っています。
よく気になることのひとつとして
挙げられるのは、
言葉づかいです。
若いスタッフとベテランのスタッフ。
どっちが言葉づかいが悪い?
と問われれば圧倒的に後者です。
若いスタッフのほうが、
利用者さんに対する言葉は丁寧で、
ベテランになればなるほど雑です。
60代70代のスタッフなんか、
もう本当にひどいもんです。
もちろん一部にはちゃんとしている
人もいますけれども…。
これは僕が感じているだけでなく、
同世代でなおかつ管理者をしている
ような似た立場の方と話すと
必ず出る話題です。
そしてこうした言葉づかいに対して、
僕らのような比較的若い者が
注意や忠告をしても
まぁ聞かない、聞かないw
そこで彼ら、彼女らが防波堤として
使うのが、そう
「私はこの人たちのために
言ってやっている」
あるいは
「してあげている!」
という考え方です。
つまり私たちは心をこめている、
愛を持って接している!
だからなんでもいいじゃないか!
ということね。
弱った彼らを助けてる私、
最高!ってなもんです。
僕は利用者さんというのは、
公費を使っている以上は
単純なお客様とは思っていないので
利用者さんたちが僕らよりも
立場的に上の存在とは思いません。
しかし僕らが上であるとも思いません。
サービスというのは契約のうえでは
あくまで対等です。
しかし年齢的に目上であるから
敬意は払います。
だからこそ接し方というのは
基本は敬語であると思うし、
実際の介護業務だって
「してやってる」
でもないし、
かといってやたらへりくだって
「させていただいてる」
でもなく、
「業務だからしている」
が基本となります。
ですが自称愛を持って接している者たちは
常にまず自分たちが上。
利用者を指導する存在。
だから言葉はどんどんきつくなるし、
認知症の方の行動を厳しく指導し、
治そう治そうとします。
そこで反論なんかされようものなら、
「私はあなたたちのために
言ってあげてるのに
なんでわからないの!!」
とキレてしまうのです。
同じ過ちなんかやらかせば
「あれだけ言ってあげたのに、
なんでわからないの!」
と怒られるのです。
僕から言わせれば
「なんでわからないのと言えば、
病気だから。
むしろあなたこそが、
なんでそれをわからないの?
家族ならともかくプロだろ?
勉強しろよ」
ってだけの話ですよ。
だいたい認知症とひとことで言っても、
実際には何種類もあって、
効果的な薬の種類も、
接し方のコツも全員違います。
一部のアルツハイマーの人なら
その一方的な愛のあるありがたいご指導が
やや通じる人もいるかもしれませんが、
これがピック病などを含む、
前頭型側頭型であれば、
そんなものは一向に通じません。
頭を鍛えないとボケるから、
無理してでもドリルをしろとか
体操をしろとか、
利用者全員に強制したがる人もいます。
それが全員に効果的なわけないじゃない。
裏目に出る人もいるんですよ。
それが判別できないんじゃ、
話にならない。
私たちは利用者さんを
愛してるんだから、
その気持ちだけはあんたなんかに
負けないから、
難しいことを言うな?
難しいことを理解して
対応できるからこそ専門家なのです。
だからこそ利用者さんを、
預かれるはずなんです。
家族は専門的なことまで理解しなくても
いいと思いますが、
専門家であるスタッフはそれが
何歳であろうが、
正社員だろうがパートだろうが
ちゃんと学ばなきゃいけないことです。
自分が知識がないことや、
勉強する気がないことを
心だとか愛という言葉で
ごまかして、
利用者にとって害になること
ばかりをし続けるのが
プロの役割でしょうか?
そんなのまやかしです。
僕はそういうまやかしで良くなった人は
見たことがありません。
心や愛を振りかざす人のほとんどは
自己満足です。
本当に利用者さんを愛して、
最終的に見捨てられない人は
そんなことを普段から
自分が目立つためとか
自己を正当化するために
簡単に利用者さんや家族に対し、
言葉にしたりしません。
心の中にちゃんとそういう思いを
静かに抱いていたなら、
むしろそのことは相手に
伝わるんです。
それが本当の愛。