認知症を知ろう8 | NobunagAのブログ

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■認知症を知ろう8■


完治させる方法はない


認知症には専門医の受診が
欠かせないということを
述べました。

もちろんそれと同時に、
これまで書いてきたような
認知症の方それぞれに
合わせた対応を取っていくことも
とても大事です。

いわゆる認知症に有効な手法も、
それなりに存在している
ということです。

僕もいくつかは知っていますし、
実際に研修で習得している
やり方もあります。

しかし本当に残念なことですが、
認知症の方全員を完治させる薬も、
その手法も存在しません。

これは本当に
声を大にして言いたいのですが、

とくに認知症を扱うテレビ番組、
書籍などを作っている方は
情報操作をしないでほしい

です。

「ある食べ物が認知症に効く!」
「○○という薬で認知症が治る!」
「この手法を使えば認知症がおさまる!」

こういう煽り文句で
視聴者を釣りたいのは
わかるんですが、
問題なのは必ずそれを頭から信じ込み、
鵜呑みにする人がいることです。

厳しい言い方をすれば、
騙されている、
あるいは騙しているわけです。

たいていは画面の隅に

効き目には個人差があります

的なニュアンスのテロップが
入るんですが、
完全に信じちゃった人は
そんなの見てません。
よくある通販的なアレと同じ。

「これはスゴイ!
これなら治る!!」

と勘違いしてしまうんですよ。

たとえばちょっと前に、
テレビである外国の介護方法が
大きく取り上げられたことがあります。

「これは魔法の介護技術だ!」

という具合に。

僕ら介護の専門スタッフの間でも
ずいぶん話題になり、
研修会でも何度か取り上げられました。

しかしその内容を知れば知るほど、
介護の専門家ならばみんな気づくんです。

「…あれ?これって、
いつも我々がやっていることと
同じことを言ってるだけでは?」

と。

「受容、共感の概念を
手法に置き換えただけだね」

って。


たとえばある手法では
利用者さんの居室に入るときは
必ずノックをするように、
と教えています。

ここで重要なことは、
ドアを何回、
どのくらいの間隔で
どっちの拳で叩くべきか?

そういうことでしょうか?

違います。

たとえ認知症の方であっても
ちゃんと敬って普通の人にするように
ドアをノックしましょうね、
そういう関わりが相手の尊厳を
取り戻させ、
認知症の改善につながりますよ、

そういうことでしょう?

これは僕が普段書いていることと
同じのはずです。

人として接しましょうよ、
というだけの話なんです。

ノックにこだわらずとも良いはずなのです。

これは外国の手法なのであって、
日本人の認知症高齢者の中には
畳の生活しかしたことがなくて、
ノックの意味なんて知らない人もいます。

また、僕の知っている方は
昔警察官として非常に
緊張感ある捜査を
長くしていらした関係で、
物音にすごく敏感な方もいます。

花火の音がすると銃撃戦だ!
と思ってしまうくらい、
音におびえる方です。

そういう方に無理にノックをする
必要もないですよね。

違う?

レアなケース?

まぁ、そうでしょう。

たとえば触れる、
という手法もそうです。

ある方の症状が強かった頃は
本当に少し触れただけで
パンチが飛んできました。

なぜそこまで症状が強いかというと、
前頭葉がないからです。

委縮どころではなく、
なくなってしまったのです。

そういう方に対して、
触れるという手法なんか
最初の時点で通用しません。

これもレアなケース?

そうなんでしょうね。

お医者様も言っていました。

「ここまでひどい状態は見たことがない。
これではいろいろ工夫しても、
何も通じなかったでしょう、
大変でしたね」

と。


レアなケース…


とくに感じるのは、
僕らの施設は基本的に事前情報で
入居を断ったりしないので、
レビーやピック病のような方も多いし、
その中でも対応が困難すぎる
レアなケースをたくさん抱えています。

しかしどんなにレアであっても、
そこに一人の人間が存在している以上、
その人の心臓は動き、
その人は息をしています。

つまり生きています。

生きているということは、
ごはんも食べなくてはいけないし、
排泄もするのですよ。

そこには必ず家族であれ、
介護スタッフであれ、
携わっている人がいます。

そのケースがレアであればあるほど、
どんな手法を試しても効かなくて、
悩んでいます。

これをレアなケースだ、
と一蹴して片付けてしまう人の気持ちが
僕にはわからないのです。

1万人、10万人に有効な話をしてるんだ、
否定するならそれに匹敵するデータを出せよ、
と怒る人もいました。

だからレアで例外なのです。

1万人の中に1人でも、
有効ではない人はいて
僕はそういう人を見て、
話をしているんです。

だとすれば万人に有効な方法は
存在していないことになるんです。

その人たちだって助けを求めているのに

「あなたは例外なケース」

というふうに片付けたら、
人を救っていることになりません。


信者にはならないで


皆さんにわかっていただきたいのは、
何も手法のすべてを否定しているわけではない、
ということです。

とくに僕が知っているすべての手法に
共通しているのは、
概念はすべて同じだということです。

相手を尊重しましょう、
ということがどの本にも
書かれています。

これは本当に大事なことです。

つまりそれが一番大事であって、
こまかい技術などは
その次のこととして述べられている
はずなんです。

そしてある手法が有効で
救われる人も大勢います。

しかし

「この手法以外にない!」

などと思ってしまったら、
それが効かない人はどうすればいいのでしょう。

あるいは利用者さんに強制してまで、
手法を押しつけてる介護施設まで
存在するほどです。

そんなことが本当に正しいでしょうか?

菜食主義は身体にいいから、
という理由で利用者さんに
肉を食べさせない施設もあるそうです。

実にくだらない。

本来ならば相手のために考えたはずが、
相手の思いを無視してまで
実行されるべきものになったら
本末転倒です。

すべてはひとつの手法への
盲信が招いていることです。

だからこそ皆さんには、
何かひとつの手法がすべて、
それで全部解決するなんて
思わないでほしいのです。

夢を見るなということではありません。

しかし一方的に信じることは、
もしそれが通じなかったときに
失望を味わうだけです。

僕の書くブログだってそうですよ。

ここには事実に基づいたことしか
書いていません。

なにせ何も利益が発生してないから、
そういう意味では健全ではあります。

でも僕が何か良いことを書いていても、
それだけがすべてではないのです。

介護とは白と黒で分けられる
世界ではないです。

むしろ灰色、グレーの中を
どうやってわたっていくか、
それが大事なのです。

だから僕のブログを読んで、
ヒントになった、
あるいは何か救われた、
そういう方がいたらうれしいけど、

「あなたの書くことを全部信じる」

という人がいたらそれは大きな間違いです。

それだけはわかっていただきたいです。

つづく