■希望と失望のバランス■
あるブロ友さんのブログを
読んでいたら、
利用者さんの家族から
「もっと良くなると思ってたのに
良くならないから残念だ」
と責められてしまったという
お話が書かれていました。
介護スタッフとしては
このように言われたら
とてもつらいし、
でも家族の側に立てば
それが正直な気持ちでも
あるのだろうから、
またつらいのだと思います。
テレビ、新聞、本などで
こうすれば認知症が治るとか
劇的に良くなる!
というような極端な情報を
目にすることは多いです。
それを頭から
信じてしまう人もいます。
しかし信じたい気持ちは
わからなくはないけれど
僕自身の経験からいえば
認知症が完全に治った人は
見たことがありません。
もちろん一時的な改善はあります。
以前から時々書いてきたように
認知症的にも身体的にも
ほぼ寝たきりに近いほど
はっきり言えばむしろ
生きていることさえ不思議な
くらいひどい状態だった人が
今では自分でご飯を食べるほどに
回復しているケースはあります。
だけどその方の認知症状が
全てなくなったかといえば
そうではありません。
今後悪くなる可能性が
ないかといえば
むしろ大いにあるでしょう。
残念ですがそれが認知症です。
なぜならこの病気は
心の迷いとか気のせい、
気の持ちよう、
というような種類のものではなく
れっきとした原因が
脳に存在している病気だからです。
僕の知っているある方は、
脳の一部が存在していません。
脳が萎縮するという話は
皆さんも聞いたことがあるとは
思いますが、
それを通り越してすでに
脳の一部が消えてしまっているのです。
このような状態の方を、
ケアだけで改善させることが
できるでしょうか?
おそらく無理です。
もっとも薬でも無理ですが…
ただ、一時的に良くしたり
たとえそういう状況にあっても
少しでも笑顔を取り戻したり
ひとことふたことでも、
発語を出すことができたら
僕らはうれしく思います。
完治を目指してしまう方から見たら
何の意味もないことかも
しれませんが、
ADLつまり生活する能力よりも
QOL生活の質を高めることが
重要と僕は考えます。
そうした介護スタッフとしての
考え方を全ての家族に
理解してもらうことは
本当に難しいことだろうなと
感じます。
自分の経験でも一度だけ、
ある家族からそういうことで
責められたこともあります。
普段からよく思うことは、
施設に預けるということは
終わりではなく、
始まりなのだということ。
施設に預けようと思う時点で
家族はすごく追い詰められています。
だからこそ、
認知症という病気に対しても
理解をするとかしないとか
そんな余裕はない方がほとんどです。
だからこそ施設に預けたあと
少しだけゆとりが持てるような
なったならば、
あらためて認知症という病気と
向き合ってみてほしいのです。
ケアの方針や、
最近の様子を説明するときには
僕は必ず2つ以上のパターンを
想定してお話します。
状態が良くなっているとき、
これはうれしいことです。
それでも悪くなる可能性も
あることを必ずお話します。
家族からすればせっかく
希望を見出だしたのに
冗談じゃないと
思うかもしれませんが
事実として認知症というのは
進行する病気なのです。
もちろんだから喜ぶなとか
何もしないというのではありません。
僕らはその今の良い状態を
出来るだけ長く維持するように
頑張りますと伝えます。
それでも今がいつまで続くのか、
もし悪くなったときに
どこまでひどくなるのかは
わかりません。
わからないから諦めるのではなく、
全力を尽くすし、
そのなかでたとえ一瞬でも
少しでも希望が感じられるように
介護をします。
失望する瞬間も必ずと
いっていいほどきます。
そのことを隠す必要もありません。
そういった認知症のたどる経過に、
本人とも家族とも寄り添いながら
支えていくことが、
僕らに求められる役割かなと
思っています。