■やりたくてもできない■
してあげたくてもできない。
救ってあげたいのにできない。
このところ、
そんなケースを連続して
経験しています。
うちのホームのことが
すごく気に入ってくださっていて
本人の状態もすごく良くなっていたのに
金銭的な事情から、
退居せざるを得なくなってしまった人。
あるいは居宅のケアマネさんが
どうすることもできず、
とても困って相談してくださったので、
うちの施設で受け入れますよと
伝えたのだけど、
やはり金銭的な部分が
ネックになってしまい
結局入居出来なかった人。
もちろんうちの施設が
高いんだろ、
まけてやればいいじゃないかと
言われてしまえば
それまでかもしれませんが、
そうは言っても
他のグループホームより
むしろ安いほうです。
それでも払えない人はたくさんいます。
僕自身が今の介護職の収入で、
親を預けられるかといえば
やはり厳しいなと思います。
かなり無理をすることになるでしょう。
特養であればもう少し安い可能性も
あるとは思いますが、
大抵は何百人待ちで空いてませんし
最近のユニット型特養だと
うちより高いところもたくさんあります。
施設というのは気軽に入れる
場所になってないということです。
さらにはどうしても
継続的な医療処置が必要なために
一週間に三回の通院の補助が
必要な状態なので
なんとか協力してあげたかったのに
僕らの施設で一年365日、
盆正月、大雪の日でも
それを必ず出来るとまでは
約束できるだけのスタッフがおらず、
お断りせざるを得なかった人。
すべてが国が適当にごまかそうと
している、
お金と人員不足が原因です。
国は簡単に在宅へ、
と言いますが実際には
施設に助けを求めたくても
それができないでいる人たちが
本当にたくさんいます。
僕らは施設スタッフとして、
大勢の人を救ってきたと
自負はできますが、
それと同じくらい、
もしくはそれ以上に
救いたくてもできないことを
経験しています。
国からすれば単純に数字でしょう。
施設に要介護者が何人いるか、
在宅に要介護者が何人いるか。
でもその数字のぶんだけ、
そこには実際に心臓が動き
息をして、
多くの歴史をその身に背負った
生きた人間が存在することを
忘れないでほしいです。
少なくとも僕は、
自分が救えた人以上に、
救えなかった人のことを
忘れたくありません。