グループホームのお正月 | NobunagAのブログ

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◆グループホームのお正月◆
 
大みそかの夜は、
いつもように一晩中起きている方が、
ほかの人の部屋に行かないよう、
見守りしてました。
 
それでも普段よりは若干静かなほうだったので、
リビングのテレビつけといて紅白流して、
AKB48とかいきものがかりの出番くらいは観られたw
 
その辺はきっと特養なんかの何十人もお世話する夜勤より、
ずっと恵まれているのでしょう。
 
元旦の朝食は買ってきたおせちをセッティング。
さすがに俺にはそこまで凝った料理はできないので…。
 
時間があった(というか人手がいなくて残業してた)ついでに、
昼食もお雑煮風のごった煮を作りました。
これはスタッフにも好評だったらしい。
 
って、メシのことばっか書いてますね…。
 
この年末年始、利用者さんは、
ごく数名ですが念願叶ってご自宅に帰れた方もいます。
 
また身体的な理由などもあって、
現実的に自宅で過ごすことが困難な方でも、
外食に行ったり、
お孫さんたちを連れて面会にきてくださった方もいます。
 
認知症でうまくお礼が言えない利用者さんに代わって、
お礼が言いたいです。
きっとうれしかったはずです。
 
しかし残念なことに外出や外泊どころか、
一人も面会に来てもらえない方も数名います。
 
もちろん各家庭にそれぞれ事情はあるでしょうし、
厳しい言い方をするとある専門家の方は
「もし認知症の人に家族が寄り付かなくなるとしても、
それはその人がやってきた人生の結果であって、
受け入れなきゃいけない」
と言われていました。
ま、それもひとつの真実であり、厳しいけど現実でしょう。
 
俺だってもし親が認知症になり、
自分に罵声を浴びせてきたり、
暴力を振るったりしてきたら、
できるだけ会いたくないと思うのかもしれません。
 
ですが、現時点で(あくまで今の俺が)思うのは、
どんな親でも親は親。
 
自分を生んでくれたのは母。
育ててきてくれた父。
 
わだかまりがっても、
血のつながりは消したくても消えないもの。
 
自分がいるのはおじいちゃん、おばあちゃんがいるから。
 
それは人が生きていく上で絶対に忘れてはいけないことで、
もし介護施設が存在しているために、
そんな大事なつながりさえ断たれてしまうとしたら、
実はとんでもないことなのではないかとも感じてしまう自分がいます。
 
もちろん、ほとんどのご家族は、
われわれに対して
「年末年始も、どんなときもお世話してくれてありがとう」
と言ってくださいます。
 
それはとてもうれしいことです。
たぶん誇りに思っていいんでしょう。
 
でも、なんだかジレンマは感じます。
 
ま、こういう人間だから本来は俺ってあまり介護職には向いてないんでしょう。
 
それでも仕事なので全力は必ず尽くします。
 
今年もがんばりますw