■Don't Think, Feel■
認知症の研究は進んでいます。
喜ばしいことです。
さまざまな技術も開発されて
きています。
それも素晴らしいことです。
僕自身も依頼があれば
認知症の講師もしていますから
認知症について小難しく語ってくれと
言われれば、
数時間は語れると思います。
だけど間違っても、
知識だけで人が治せるとか、
そんなふうに錯覚してはいけません。
自分がこれまで
対応してきたケースでいえば
確かに認知症の種類によって
症状に差があって、
理解力の範囲にも違いがあって、
効く薬も違います。
だから難しい人に出会ったときに、
どうやって解決しようかと、
専門的に分析するのは
欠かせません。
でもそれがすべてではないのです。
難しい顔をして本なんか引っ張り出して
考え込むヒマがあるなら、
実際にその利用者さんに相対して、
話しかけるほうがよっぽど
得られる物があります。
本を読んでわかった気がするのは、
そういうふうに書かれているからです。
しかし我々は著者にはなれません。
医師の書いた本も素晴らしいです。
だけど僕らは医師にはなれず、
治療もできません。
そもそもすべての認知症の方が、
そんな治療を望んでいるわけでも
ないのです。
残された時間をそれについやすより、
僕らと一緒に笑って、
時には怒ることもあって、
会話をして、握手をして、抱き合って、
ただ生きていきたいのだと、
そんな人だって大勢いるのです。
認知症の人=認知症患者、
とはくくらないでほしいのです。
僕の知り合いの
あるグループホームの管理者は
研修でこんなふうに言ってます。
「僕らの仕事の究極は、
相手を笑わせることです」
深い言葉だなと思います。
もちろん笑わせるとは、
冗談を言ったり、
ふざけて笑わせることだけを
指すのではないでしょう。
いろいろなことを含めて、
利用者さんを笑顔にする、
ということです。
笑顔であるということは、
その人はしあわせである、
ということです。
そのことがわかっている、
素敵な管理者だなと思います。
僕自身はどうだろう。
利用者にとっての
身近なアイドルであれば
いいのかなとも最近は思います。
相手の好きな存在でいる、
相手にとってうれしいと
思うことをしてあげられる人。
そういう意味ではAKBの活動も
参考になりますw
握手をするとね、
やっぱり笑顔になり、
情がわくんですよ、お互いに。
違う人生を生きてきて、
年齢も性別も違うんです。
接点は少ないのに、
手が触れ合った瞬間に
何かお互いのきずなは生まれる。
よく利用者さんに触りたくない、
汚い、なんて考えるアホ職員も
施設では目にしますが、
そんなふうだと誰からも好かれず、
その施設には笑顔は生まれないでしょう。
いくら知識があり、
難しいことを熟知していたって、
実際に利用者さんに触れて、
そこにある認知症以外の感情に、
直接触れ合わなければ
相手を知ったことにはなりません。
そして知らない相手に
笑顔は見せません。
考えるな、感じろ。
ということです。
ブルース・リーの名言でしたw