■なぜ治療をしたがるんだろう■
ホント、毎度思うことですが、
人を見ないで病気や症状ばかり見る人が
多すぎる気がします。
まず我々は医師ではないので
病気を治療することはできません。
そして本当に治療を望んでいるなら
家族は「入居、入所」ではなく「入院」を選びます。
本人の生活を支えるための健康管理とか、
健康状態の把握はすべきだと思いますが、
それ以上のことまで強制はできません。
病院に行って出来る限りすべての手を
尽くしてもらって亡くなりたい人もいれば、
そうではなくぎりぎりまで自然に生きて
そのまま亡くなりたい人もいて、
それが人間に与えられた自由です。
タバコも酒も常識的な範囲、
他者に迷惑をかけない場所でなら、
OKでしょうね。
たとえ施設にいても。
残りの寿命があとわずかな人たちに
なぜ僕らの世代の価値観を
強要できるのかって話です。
病気ばかりを見る人は、
医師にでもなったと勘違いしているんだろうか。
父親的温情主義、パターナリズムという
言葉があります。
医師と患者との関係をあらわす言葉で
すなわち病気を治すために患者は
専門家である医師の言うとおりにすればいいと
意味でつかわれるのですが、
いまどきそこまで古臭い意識に固まった医師も
あまりいないでしょうね。
まして我々は介護士なので、
そういう発想でいてはいけません。
確かに専門家としての判断を示せと言われれば
それはできますが、
ベストの選択は決められません。
あくまでベターを提案するのが仕事です。
なぜなら介護の仕事とはまず最初に
「受容(ありのままを受け容れる)」
が前提として存在すべきだからです。
しかしありのままを受け容れた結果として、
家族あるいは他者に大幅なダメージを
与えてしまう場合には、
専門家としてそれを少なくするために
動かざるを得ませんが、
そうでもないことに関しては、
たとえ認知症の方でも高齢者でも、
生き方、死に方を選択する自由があって当然です。
その自由は人間が生まれた時から
約束されているべきじゃないですか?
医療とか介護という名のもとに
人間の尊厳を剥奪してはいけません。