■介護スタッフにしかできないこと■
仕事をしていてどうしても
スタッフからよく聞く言葉があります。
「○○さんのここが具合悪そうだから
どうにかできませんか?」
それはどうにかするべきでしょう。
でもよくよく聞いてみるとたいてい言いたいことは
「受診に連れていってくれませんか?」
「薬をもらってくれませんか?」
というケースがほとんどです。
確かに介護スタッフの重要な仕事として、
体調の確認、全身の観察などは
欠かすことができません。
ですが、我々の考え方として
個人的に最重要だと思っているのは、
まず「受容」です。
本人の気持ちを受け容れる、
本人の老いも受け容れる。
それが一番大事なことだと
自分では考えています。
以前も書いたことがありますが、
年を取れば身体に悪いところが出てくるのは
当たり前のことです。
中には90歳も過ぎてくれば、
午前中は傾眠傾向になりがちだったり、
3食しっかり食べることができない人も
出てきます。
それは異常なことでしょうか?
もちろんしっかり食べて元気でいることも
生きるためにとても大事なことですよ。
でも同時に死にゆくために
少しずつ機能は失われていくのです。
それもある意味大事な人間の人生の経過なんです。
病院ではそのようなとき、
あるいは管を通して栄養を補うこともできます。
グループホームではそれはできません。
できませんが、
それでいいですか?
ということは全員に確認しています。
本人が認知症で判断できない場合は
家族に必ず確認しています。
それでもいいです、
自然に過ごしたいですと、
本人が、あるいは家族が望んでいる方のみ、
受け入れています。
つまりそこはうちのグループホームでは
いまさら再確認することでもない大前提です。
なぜ現場で働いているスタッフが
それを理解できないのかいつも悩みます。
何度も説明しているのに、
本当にわかってくれてるのは数人くらい。
弱っていく人を見るのは
かわいそうなんですよ。
それは当たり前です。
個人の感情の上では
かわいそうです。
俺だってそれくらいのことは思う。
だけど病院に行くのはそんなに素晴らしいことですか?
それも違う。
少なくとも、それは違うと
考えた人たちのお世話をしているわけです。
たとえそれがスタッフ個人の心情と違っても
相手が望むことは受け容れてください。
感情と仕事は別のものです。
たとえば朝ごはんも昼ごはんも食べられない人がいた。
そのとき我々がすべきことは
「これじゃ困る!点滴でもしてもらわなきゃ!」
と大騒ぎすることですか?
「朝も昼も食べられなかったから、
おやつの時間には少し他の人より
多めに出してあげようか、
この方の好きなおまんじゅうでも用意してみようか?」
そういうことが大事じゃないですか?
皮膚が弱くてすぐに赤くなってかゆくなってしまい、
薬を塗ってもなかなか治らない人。
「もっと強い薬をもらって治さなきゃ!」
といくつも病院を変えるべきですか?
それよりも
「いつもの薬を塗る前に、
蒸しタオルでキレイに拭いてから塗ってあげよう」
そういう配慮ができないですか?
足が弱って歩けなくなってきた人。
「車いすを買ってもらわなきゃ!」
ではなく
「じゃあ、少しでも寄り添って歩いてあげよう」
と考えられませんか?
意味不明の訴えが続く人。
「この人はおかしいから薬を強くして!」
とケアマネに訴える前に
その人が落ち着くように話を聞いたり
声かけをしてあげることができませんか?
家族にはできないかもしれません。
当然、忙しい病院の看護師にはできないかもしれません。
だけど介護スタッフにはできるはずです。
というかできない人は介護に向いてません、
さっさと辞めたほうがいいくらいです。
そういうことをするための、
介護施設、
ましてやグループホームなどは
こういっては何ですがたかが9人、
18人をお世話するわけですから、
まず基本的にはそれくらいできるはずです。
もちろん1人に極端に時間は割けません。
それはじゅうぶんにわかっているから、
あくまで専門的に見て、
いろいろと検討をして
本当に医療的な対応が必要な方には、
それも全力でフォローしているつもりです。
一人たりとも手は抜いていません。
中途半端に知識が増えれば増えるほど、
受診や薬、あるいは道具に頼りがちになりますが
そんなことを振り回して介護してる気になってはいけませんよね。
俺自身も勉強は怠らないようにはしていますし、
たぶん他のケアマネさんに比べれば、
認知症や精神科に関係する薬には
くわしくなってしまっていますが、
それで全部解決しようなんてまったく思わないです。
というより、
解決できません。
身体の病気も、
脳の病気も。
90歳以上になってきて
本当に間近に死が近づいてきている方を
変えられると思うことのほうがおかしいのです。
つまりある意味で手を施すことが難しい人々に対して、
何ができるか。
「手当て」
という言葉は専門的な「治療」ではなく
文字通り手を当てることで
相手に安らぎを与えるという意味と考えたいです。
すぐに薬や道具に頼らなくても、
まずは自分の手で何かができるはずだと思います。
「手抜き」になってはおしまいです。