◆ありがとうを求めて◆
前に働いていたデイケアの利用者さんが会いたいのに全然会えないよ~と
毎回スタッフに訴えるからたまには会ってあげてと言われたんですが、
勤務の都合とかで本当にちゃんと会う時間がとれないので手紙を書きました。
喜んでくれるといいな~。
違うところで働いていてもこうしていつまでも慕ってくれる方がいるのは、
本当にうれしいことです。
さて、先日なんとなくテレビを観ていたら大学病院の医師の話が放送されてました。
そのお医者さんは休みもほとんどとれず、
すごく大変そうだったんですが、
「この仕事をしていて一番うれしいことはなんですか?」
とのインタビュアーの問いに
「患者さんがありがとうと言ってくれたときが一番うれしいです。
お礼にくれた手紙なんかも全部取っておいてあります」
と答えておられました。
お医者さんと介護士では仕事内容は違いますが、
この気持ちは同感です。
ですが、実は昔、
介護の仕事の先輩から
「じゃあ、あなたはありがとうって言われたくて仕事してるの?
言わない人には介護してあげたくないの?」
と問われて悩んだことがあります。
というか、これ今もずっと悩んでます。
特に今は重度の認知症の方が多い場所で介護にあたっていることもあって、
何かケアをしてもそれがまったく相手には伝わっていないんじゃないかと思ってしまうことがあります。
たとえば非常にわかりやすい一例としては入浴。
ものすごく嫌がっているのに清潔保持のためになんとか入れようとしても、
時には殴られたりすることもあります。
それでも気持ちよさそうに入ってくれてればまだ救われますが、
全員が全員、そうじゃありません。
もちろんお金をいただいて仕事をしているプロなので、
ありがとうって言ってくれないから介護はしないなんてことは絶対にありませんし、
認知症というのは病気なのですから、
こちらの気持ちがまったく伝わらない場合もあるということは当然よくわかってます。
それがわかってるのに、
やっぱりなんだかさみしいなと思ってしまうんですよ。
一方的に与えるだけの介護になってしまっていて、
人間と人間としての関係になっていない感じがするのが、
個人的にはすごくさみしいのです。
(そんなことはないのかもしれないし、
あくまでこれは個人の感じ方の問題かもしれません)
介護のやり方が悪いんじゃないの?
努力してないんじゃないの?
と思われてしまうかもしれません…。
でも冒頭に書いたようにこれまでは
利用者さんたちとけっこうしっかりとつながってきたのです。
そのつながりが今はいくら工夫しても、
毎日顔を合わせてもうまく築けないことがすごくつらいと感じることがあります。
こういう感じ方をする人には実はあまり向いてないのかな~と
いつも悩んでます。
で、これは介護の現場にいて一番感心することなんですが、
相手が全然感謝してくれてなくてもまったくおかまいなしで、
本当に奉仕の心で常に誰にでも優しくできる職員もたまにいるんですよね。
こればかりはホントにスゴイ。
神様、仏様のようだと冗談抜きで思います。
自分自身はほんのちょっとでいいからやっぱりどこかで利用者さんとは
お互いに支えあう関係でありたいんですよね。
だからありがとうというひとことを聞くだけで、
どれだけ救われた気持ちになるか…。
そんなことを求めるのは心が狭いんでしょうか?
それとも、
それで良いんでしょうか?
たぶんこの仕事を続けていく限り、
このテーマはずっと悩み続けると思います…w