今日は何の日と言うと、

この業界に入る切っ掛けを貰えた貴重な日。

そうあの自宅葬との出逢いの日、

当時の勤務先のクライアント先での不幸事。

そして奇しくも18年間この仕事をしていてなんと初めての夜勤。

ふとあの頃の記憶を思い出す。

あの事が無ければまだ元の業界に居たのかもしれないと思う日々。

昨年の春過ぎ頃から東北地方に住む茄子の方と知り合いになった。

ほんの些細な切っ掛けからだった。

葬祭業の前は医療&介護業界の人間だった私は

とあるサイトでこの茄子の人と交流を持つ事になった。

ペンネームは直さん。

現役の看護師だ(なので茄子と表記する)。

彼は「今までの人生で、〇〇式と言うものに縁が全く無かった」と言われていた。

大学の入学式は東日本大震災で中止となったそうだ。

卒業式も無かったと本人は言う。

ちなみに彼は既婚者でもある。

本来なら昨年の春に結婚式を挙行する予定だった。

ところがコレも新型コロナウイルスの関連法に巻き込まれて中止になった。

直さん曰く「私は式典と言うものに縁が全く無い」と嘆いていた。

それからと言うもの他愛ない事で情報交換をしていた。

そうしていたら先方から「私の住所を教えてほしい」と連絡が有ったので半信半疑になりつつも、我が家のアドレスを教えた。

それから半月後東北の大都市からクロネコヤマトで宅急便が届いた。

送り主の名前に見覚えが無い。

でもその後で直さんからメールが届いた。

「宅急便届きました?」と。

私は到着済みと連絡した。

どうも直さんが私宛に贈り物をされた様だった。

しかし、その贈り主の名前を見てハッとした。

苗字は在り来りの苗字だったので気には止めなかったが、

名前を見てとても懐かしい思いがした。

そう、

18年前の出来事の切っ掛けになった

有る人物の名前と一緒だった。

「智美」さんが本名だった。

あの出来事の切っ掛けとなった故人様の名前も「智美」さん。

そして直さんの本名も「智美」さんだった。

この出来事の話しは以前にも書いたことがあるので割愛させて貰う。

えっ、知らない?

と言われては元も子もないので2年前に、

Facebookに記した記事を転載しておく。

「あれから40年」と言う出だしがありますが、
私が葬祭業界に入るきっかけになったとある自宅葬を
体験してからもう16年が経ちました。
最近うちの会社のスタッフさんがこのお宅の葬儀担当
されていたみたいで少し驚愕しております。

当時享年42歳の女性の方でした。
(この当時は前職の介護スタッフだった時です)受け持ちの利用者様の次女様で16年前の今日、末期の大腸癌で逝去されました。
この時私の担当の利用者様には亡くなって直ぐには伝えなかったそうです。私は夕方訪問した時に教えて頂きました。今でも思い出すのは自宅に生花祭壇が飾られておりその花が真っ赤な薔薇でした。故人様から見て姉の方が言うには生前から祭壇にハイビスカスの花で飾って欲しいと遺言されていたそうなのですが、この寒い2月そして田舎の葬儀社なのでハイビスカスが手に入らなくて赤い薔薇になったそうです。祭壇の前には高級彫刻棺が安直され中には私の知人が永眠されてました。悲しみと悔しさで一杯になりました。帰社後会社に報告して翌日部長と代表が葬儀に参列しました。私はどうしたかと言うと精神的に参ってしまいお休みを頂きました。

その後体調が悪化して私の担当利用者様は愛娘様が亡くなられてから2ヶ月後に亡くなられました。私もその時は過労で倒れており通夜すら行けませんでした。

この事が切っ掛けになり今があるのです。

長々と止めどなくお話させて頂きましたがこれが私がこの業界に入った切っ掛けでした。

でもね、ふと思うのは亡くなる10ヶ月前に私が過労から来た肺炎で済生会に入院してた時に故人と病院の渡り廊下ですれ違っていたのです何回も何回も。その時は会釈だけ(したのかな?)でしたがその時はどうしてと思いましたがあの通夜の日に聞かされたのは私が済生会に入院していた時に大腸癌の手術をして末期状態と宣告された直後だったそうです。今でもあの時声を掛けていたら少しは良かったかもと未だに自問自答しています。

私は今葬儀業界ではあるものの御葬儀の担当ではなく仕入と霊柩車運転業務を主にしております。

コレが18年前の出来事の内容であります。

そして今の私のメンタル面はこの頃と同様にメタメタになっています。

奇しくも今日が2月7日と言うこともあり🐜(←コレは蟻)、

今回の丑三つ時はこのテーマにさせて貰いました。

この智美さん(故人様の方ね)、

存命だったら今年還暦を迎える筈だった。

でも逆にコレでよかったとも思いたい。

目を閉じて耳を澄ませば脳裏にあの時の、

故人様の声が聞こえて来る様な気がしている。

🌹がふんだんに使われた自宅葬祭壇。

ハイビスカス🌺が手に入れる事が出来ずに

赤薔薇🌹で代用したあの時の生花祭壇。

そして祭壇の前に安置された棺⚰️の中で

愛用のドレスに包まれて永眠する智美さん。

もうあの自宅葬をした家も廻りも荒野になっています。

と言っても震災が有った訳ではなく、

地元の地方自治体の空家条例の関係で

全て更地にされました。

思い出すのは私の記憶の中だけ。

ねむい。

夜勤の最中なのでコレで失礼します。