おはようございます。今年も「広島原爆の日・原爆忌」の日を迎えました。
今日も朝8時00分頃から広島平和公園で祈念式典が開催されます。
私自身父方親族もそして母方親族も原爆に遭遇した親族がいないのであまり
実感が湧きませんが私的には感慨深いものがありますそれは私の左足を「左半月板内側損傷(木端微塵)」
してしまった案件にの切っ掛けがありました。3年前の8月6日に仕事で北九州市若松区の若松警察署に
お迎えに行き大阪市へ搬送をした案件がありました。船上死亡人が出たとの事で若松署に安置されておりました。
この日も搬送用霊柩車でお迎えに向かっておりました道中ラジオで平和祈念式典をラジオ中継で聞いておりました。
警察署についたのは8時20分(もう少し早く着けるのですが、黙禱の時間は欲しくて…)到着しました。通常なら
2人態勢でお迎えに行く様になっているのですが8月からは業務課職員は初盆営業と通常営業以外の
業務禁止となっているので、私一人で赴きました。(あまり詳しく書くと個人情報がかかるので詳しく書けません)
本社に搬送して明後日に大阪の㈱燦ホールディングス公益社本社へ搬送が決まりました。
8月8日大阪行きの準備をして搬送用霊柩車へ移す時に事件は起こりました。何気なく柩を抱え右に捻った途端
私の体内から鈍い「グギッ」と言う音がしてその場から動行けなくなりました。この時点で半月板を損傷してしまいました。
そもそも私以外に代替要員はいないので何とか霊柩車に御安置して出発しました。最初のうちは良かったのですが、
E2中国道の美東SAに来た時点で霊柩車から一歩も出られなくなりました。何とか歩こうとしても膝が動けない、
動かない状態に。何時もなら10分でトイレに行けるのにこの日は30分かかりました。この日から美東SA上りに行くと
決まって碌な事が起きていません。去年は店内で転倒して後頭部を強打するし、今年は何が待っているのでしょう?(怖)
そして何とか任務終了させて帰還するも「歩けない」状況となり翌日急遽休みを頂き病院へ行き「膝半月板内側損傷」と診断
されました。この年の10月末に正式に診断されたものの「手術は適用可、但し体重と蜂窩織炎の既往があるので大学病院で
周術期管理をしないとリスクが高い」と言う診断が下りました。それから痛み止め服用の毎日が今年の3月まで続きました。
そして今年5月30日に「両下肢リンパ浮腫」と診断され同年7月22日に「リンパ管移植並びにリンパ管静脈吻合術」受けました。
後の話はこのブログで書いてある通りです。
毎年原爆忌が来ると左足を「いいこいいこ」と擦って愛おしく撫でております。それに今年は8月4日まで縁あって「広島大学病院」
に入院していたというのもあり何かしらの縁を感じております。
改めまして、74回目の広島原爆忌に際し心から哀悼の意を表します。
そして幾千の御霊に際心からご冥福をお祈り申し上げます。
ここで