こんばんわ。
2019年 令和元年 7月22日
午後12時45分 手術室入室
午後12時50分 麻酔開始
午後13時50分 手術開始
午後18時50分 手術終了
午後19時10分 麻酔覚醒
といった流れで私のリンパ浮腫手術は
終わりました。
手術直後の様子について書きます。
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先程の麻酔導入のホワイトアウトからすぐの
感覚でした。
崩れ落ちていった私の身体が手術台の上に
着地していました。
寒気と言うよりは尿道の違和感と、
猛烈な痰と吐気で目を覚ましました。
既に気管内チューブは抜去された後で
口許にには酸素マスクをされてました。
(麻酔導入時のクッションマスクではなくて
シリコン製の酸素マスクでした)
手術台の上のワタシは全裸の状態で
頭にはグリーンのキャップ、
口許にシリコンマスク、
尿道には留意カテーテル、
お腹には何らかのパック(最初電気メスの対極板
と思ったが見てみたらドレーンパックだった)
そして左足には何もない感覚
(包帯されていない感覚)でしたが、
右足の感覚がとても変?
何かに包まれている感覚。
掛けものがされて私からは見えない状態に。
そして襲って来る胃酸の逆流、
麻酔科医師に、
「あれだけ胃管挿入したままにしてね」と
お願いしたのにも関わらず、
「あれは手術中だけで手術終了と共に
抜去するもの」と言われてショックでした。
私の場合胃酸過多(逆流性食道炎持ち)なので
帰室後もずっと挿入したままにして欲しかった
と訴えました。でも聞き入れて貰えませんで
した。どうも私の入院している病棟が内科系
なのも原因だった様です。
そして強烈な寒気(悪寒)が襲って来て思わず
「寒い」と言ってしまいました。
直ぐ様布団乾燥機の様な器具を用いて私の身体
を暖めて貰えましたがこの器具手術室で勤務す
る職員からは大不評の様です。
何故なら一気に気温が跳ね上がり手術室
スタッフの労働環境を悪化してしまうのです。
頭は動けたので頭を挙げて回りを見てみると
手術室入室時にあった大型の機材
(手術用の顕微鏡等)が無くなっていました。
手術室看護師に聞くと手術終了時に全て
片付けたとの事。
そして手術室入口の左上には
「薬物アレルギー」と「食品アレルギー」の
プレートが貼られてありました。
これは私の抗生剤アレルギー
(セフゾン系使用不可)と
卵牛乳アレルギーを示したものだと解りました
。
その後、私が安置されている手術台の右横に
病室のベッドがやって来ました。
ベッドの上にはワタシが手術前に着ていた
術前術後衣が広げられておりました。
そして私が移乗されるのを待っている感じ
でした。
私思わす「私重いのに…ごめんなさい」と
言ってしまいましたがこの事は関係なくて
スライドボードを用いて移乗されました。
でも何故か直ぐに病棟に帰らないのです。
何で?と思っていたら麻酔科の医師から言われ
たのが
「この手術室がはリカバリールームを兼ねてお
り、ワタシの意識が完全に回復し安定するまで
は退室出来ない様になっている」と
説明されました。病室のベッドに移されて
すぐにバイタルサイン計測器を携帯用に
切り替え、酸素マスクの接続を手術室の
パイピングからボンベに切り替えて病棟帰室
準備完了しても何故か出発しない。
麻酔科医師に尋ねたら、
「手術室看護師と病棟看護師が申し送りを
しておりそれが終わったら出発出来る」との事。
そのあと15分位経ってからやっと手術室を
出発した私、手術部ホール内の寒さで震えが
止まらなくなりました。
どこぞやの隠居が喜びそうな気温でしたが
私にはとても寒く感じました。
ただでさえ超が付くほどの寒がりな私、
自家用車のタンクくんの中でさえも夏の日に
平気で30度設定で過ごす程の私。
体型がおデブさんでも関係なし、
普通はおデブさんは暑がりで涼しい所が
大好きで高血圧症持ちが殆どなのに対して、
私は全くその逆の人なのです。
つまり低血圧気味でもあり超寒がりなのです。
それはさておき、
手術室ホールから手術部入口手前で
入院主治医の今井さんを待つ事に。
主治医と看護師が一緒に病室まで連れて行く
との事でしたがここで問題が発生しました。
(私にとってですけどね)
頭に被っていたキャップをここで脱いで退出
すると言われたのです。
本来はそれで良いのでしょうが、
その時の私は強烈な寒気の為に脱ぎたくない
思いだったのでそれを頑なに拒否しました。
そして病棟に向かいました。
エレベーターに乗り病棟へ行き家族の待つ
病室まで帰り着きました。
母と弟が手術終了迄待っていてくれてました。
主治医からの説明を聞き少しホッとした様子
に見れました。
母からは少し寝なさいと言われましたが、
そもそも眠れない人にどうやって眠れと言うの
と思ったこの時に左膝に激痛が走りました。
膝の手術した筈の無いのにと思っていたら、
左膝部分のリンパ管吻合手術しておりその痛み
が半月板の痛みと相成って感じた様でした。
流石に痛がる私に看護師から主治医の指示で
と左肩に鎮痛剤の筋肉注射を行われました。
直ぐに痛みが消えて眠ってしまいました。
看護師さんがすかさず酸素の値が良いので
マスクを取ろうとしましたが口許が寒いと
言って拒否しました。
そうしたら酸素は流さずにマスクだけ着けて
置いて貰える事になりました。
この時点ではまだ家族が帰っていない為に
キャップを取るのも頑なに拒んでおりました。
何故ならこの時の様子を写真に納めておきたか
ったからです。
確かに寒気は有りましたがワタシは医療マニア
をでもあるので自分の姿を写真に納めたいと言
う思いに駈られました。
伊達な知識は持っておりませんので…。
その後家族が帰っていきました。
その後で看護師さんにスマホをとって貰い
この記録を書いている処です。
本来ならワタシが被っているキャップは
手術部入口で外して病棟へ帰室するのが決まり
だそうですが私は頑なに拒否しました。
そして明日の朝本来の病棟である「7階東病棟」
に移る事が発表されました。
朝食後になる様ですが嬉しいやら悲しいやら。
マスクの中は口腔内分泌液ですぐに一杯になり
溜まったら自力でティッシュ用いて除去して
いきます。今のところ足は動かせますが左足は
動くものの右足は全く動きません。
左頸骨開放複雑骨折をして以来右足には相当無
理を強いて来ました。
「今まで本当にありがとう、
これからも宜しくね」と
心の中で感謝を言いつつも動かなくなって
しまった右足を撫でてあげたいです。
(手術直後は全く動けなかったので翌日ベッドを
ギャッジアップしてからナデナデ擦りました)
看護師さんに右足の今の状態について尋ねた
ところ、「右足の包帯は足首から足先迄にある」
との事。
今は只ゆっくり余生を過ごして欲しいです。
(って切断しません。多分…)
↑この麻痺の原因は2つあり、
まず一つ目はリンパ管移植の為に採取した
部位の神経と筋繊維を傷付けてしまった事と
この後に判明する脊髄空洞症の胸椎転移が
原因でした。
私の左側には点滴のルートがあり輸液ポンプを
用いて1000CC輸液を行っております。
尿道には留置カテーテルが挿入されていますが
感覚的に痛いと感じておりましたがその後痛み
より痒みに変わりました。
よく闘病記等では何も感じず尿意が無くなった
とありますが私の場合は尿意があり腹圧を
掛けたら尿が排出されるようです。
あとは時間が薬なのでゆっくりします。
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(2019年9年25日)改訂しました。






