今の私について、ここからは再発編と言いましょうか遂に「蜂窩織炎」が大爆発を起こしてしまいました。
3月22日の夕方17時ごろ現在の勤務先で悪寒に襲われました。最初は寒気がしていたのですが時間が経つにつれて動き辛くなり
夕方からの施設利用者様の夕食介助並びに服薬介助を行わないといけないのに全く出来ず夜勤職員に丸投げしてしまいました。当日は「介護福祉士~介護の国家資格~」保持者は私一人だったので勤務時間内のトラブルは全て私一人に掛かってしまう所でしたが時間が経つにつれて体が重く感じ始めました。ただでさえ120㎏ある体重の持ち主なのにそれ以上に重く感じ始めたので夜勤スタッフに申し送りをして退勤時刻になったら即刻退社しました。勤務先を出て自家用車に乗り込むのはすんなり出来たのですがそこからが大変でした。なんせ通勤距離がかたみ80kmの往復160kmある我が家の帰路は想像を超えてました。普段でも大変なのにこの時はとても大変でした。飯塚市から直方市までは高速道路がなく(そんなもの元々存在していない)、自家用車のタンクに(以下タンクくん)についているクルーズコントロールシステムで何とか直方バイパスを経由して、都市高速入り口を目指しました。北九州都市高速道路の金剛ICを通過して都市高速4号線に侵入した途端、急に強烈な寒気と眠気が来てしまいました。金剛ICからもタンクくんのクルーズコントロールシステムに助けてもらいながらパーキングスペースのある「富野ICの先の富野PA」に向かいました。ここならトイレもあり少数台駐車できるスペースもあるので仮眠が取れるので何とか向かいました。
富野PAについた途端に一番恐れていたことが起きてしまいました。それは左足に激痛が走り全く歩けなくなってしまったのです。トイレ行くにも通常は5~10分位で終わるのが何と30分かかってしまいました。あまりにも寒気が酷くなったのでタンクくんの暖房を初めて最高出力にして体を温めようとしたのですがなんせタンクくん室内がコンパクトカーナなのに広すぎて全く暖かくならず寒いままの状態で進みました。このままではガソリンも足りなくなると思い富野PAを後にしました。その後関門トンネル料金所内のパーキングスペースで仮眠取ったところ完全に動けなくなってしまい、何とか意識を取り戻して家路につきました。でも、関門トンネルを過ぎたあたりから私の意識が完全に飛んでしまったのです。今となったらよく事故らなかったと思いましたが実は私の自宅前の土壁と私のタンクくんのドアミラーを擦ってしまいました。ここで何とか意識を取り戻せたのですが何とかタンクくんを車庫に入れて帰宅できました。家に入り体温計で体温を計測したのですがそこには私の人生の中で一番ショッキングな数値が表示されました「43.0℃」とつまり死ぬ寸前の状態になってしまったのです。何とかベットに入り休みました。この続きは次回書きます。おやすみなさい。