昨夜、また大きな地震があった。熊本で震度7 。速報を見ると、九州全域が揺れていた。
倒壊した家屋あり、火災あり… 余震も絶え間なく続いているようで怖い。
揺れの強かった地域の方々の不安がしのばれる。
今日もニュースを見ていて「怖い」と思っていた。その地域の方々はもっと切実に怖い思いをしていらっしゃることだろう。
最近、昔と比べて大きな災害の起きる頻度が増してはいないだろうか。
何かが変わってきているような気がしてとても怖い。
と、いって何ができるわけでもないけれど… なのに自らできる備えもしていないことに気付かされる。
震災5年目を迎えて、「そういえば防災グッズ…」と思ったのはついこの間のことだ。
けれど、夜中寝ているときに大地震が来たら、「暗い中でも、パッと身の回りの物、防災品を持って即避難」、はできないことに気付いてしまい、ゾッとした。
「喉元過ぎれば」っていうのは悪い癖だ、まったくもって。
「当たり前」と思っていることは実は「当たり前」ではなく、すべてが「有難い」ことなのだ。「当たり前」ということはない。今、普通に呼吸し、一日の食事に恵まれ、屋根の下で布団に入って眠ることができることも「当たり前」ではなく「有難い」ことなのだ。
父がしょっちゅう言ったり書いたりしていることなのだが、何か災害が起きると、それが厳然たる事実だということを思い知らされる。
平穏な日々、普通に朝起きて食事出来て、普通に仕事に行って… 普通に平穏に暮らせる、のは、「当たり前」ではなく「有難い」ことなのだ、と…
何か災害が起きないと身に沁みないのが「悪い病気」なんだよなぁ…
穏やかに暮らせる、ルーティンのように朝起きて仕事に行って帰ってきて眠る。食事に事欠くこともなく、ちょっとTVを見たり、本を読んだりして、また、身近な人や家族とたわいない会話ができる、なんて有難いことだろう。何に不満があるというのだろう。
「日々、めぐり合うすべてのこと、もの、人に感謝」 で日々暮らせる恵まれた毎日の中にいるのに。
何 度「ありがとう」と繰り返しても足りないくらいなのに… 「ありがとう」と繰り返さなければならない以上に、あえて不平不満を探してつついて掘り出しては いないだろうか。「感謝できること」「幸」を探さずに不平不満の方をやたらめったら探しまくっているのではないか。そんな気がして仕方がなかった。
平凡で平穏で何事もなく無事に、って「有難い」ことなんだよね。本当に。
なのに、それに気付かずに些細なことで不満を言い、腹を立て愚痴りまくる… そんな自分に「有難知らず」さをしみじみ感じてしまった今日であった。 …反省。
今日を無事平穏に過ごせたことに感謝。好きな曲を聴き、好きな本を読める時間を持てたことに感謝。どうもありがとうございました。
明日もどうか無事平穏に過ごせますように…
そして、被災した方々に、一日も早く平穏な暮らしが戻りますように…
ではでは。
倒壊した家屋あり、火災あり… 余震も絶え間なく続いているようで怖い。
揺れの強かった地域の方々の不安がしのばれる。
今日もニュースを見ていて「怖い」と思っていた。その地域の方々はもっと切実に怖い思いをしていらっしゃることだろう。
最近、昔と比べて大きな災害の起きる頻度が増してはいないだろうか。
何かが変わってきているような気がしてとても怖い。
と、いって何ができるわけでもないけれど… なのに自らできる備えもしていないことに気付かされる。
震災5年目を迎えて、「そういえば防災グッズ…」と思ったのはついこの間のことだ。
けれど、夜中寝ているときに大地震が来たら、「暗い中でも、パッと身の回りの物、防災品を持って即避難」、はできないことに気付いてしまい、ゾッとした。
「喉元過ぎれば」っていうのは悪い癖だ、まったくもって。
「当たり前」と思っていることは実は「当たり前」ではなく、すべてが「有難い」ことなのだ。「当たり前」ということはない。今、普通に呼吸し、一日の食事に恵まれ、屋根の下で布団に入って眠ることができることも「当たり前」ではなく「有難い」ことなのだ。
父がしょっちゅう言ったり書いたりしていることなのだが、何か災害が起きると、それが厳然たる事実だということを思い知らされる。
平穏な日々、普通に朝起きて食事出来て、普通に仕事に行って… 普通に平穏に暮らせる、のは、「当たり前」ではなく「有難い」ことなのだ、と…
何か災害が起きないと身に沁みないのが「悪い病気」なんだよなぁ…
穏やかに暮らせる、ルーティンのように朝起きて仕事に行って帰ってきて眠る。食事に事欠くこともなく、ちょっとTVを見たり、本を読んだりして、また、身近な人や家族とたわいない会話ができる、なんて有難いことだろう。何に不満があるというのだろう。
「日々、めぐり合うすべてのこと、もの、人に感謝」 で日々暮らせる恵まれた毎日の中にいるのに。
何 度「ありがとう」と繰り返しても足りないくらいなのに… 「ありがとう」と繰り返さなければならない以上に、あえて不平不満を探してつついて掘り出しては いないだろうか。「感謝できること」「幸」を探さずに不平不満の方をやたらめったら探しまくっているのではないか。そんな気がして仕方がなかった。
平凡で平穏で何事もなく無事に、って「有難い」ことなんだよね。本当に。
なのに、それに気付かずに些細なことで不満を言い、腹を立て愚痴りまくる… そんな自分に「有難知らず」さをしみじみ感じてしまった今日であった。 …反省。
今日を無事平穏に過ごせたことに感謝。好きな曲を聴き、好きな本を読める時間を持てたことに感謝。どうもありがとうございました。
明日もどうか無事平穏に過ごせますように…
そして、被災した方々に、一日も早く平穏な暮らしが戻りますように…
ではでは。