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アニメ2期主題歌「QUESTION」 の替え歌
いえね、今朝のサラダにクレソンが入ってたもんで
思わず、アニメDVDのCMの殺せんせーのノリでクレッソン、クレッソン♪ って
CMの殺せんせーじゃないけど、
QUESTION QUESTION より、クレッソンの方が、歌いやすかったわ (←
)
多分にネタバレを含む、前回このテーマで書いた項の続き、というか…
ジャンプ本誌で描かれた殺せんせーが亡くなられた(暗殺成功の)件ですが、
私はね、正直、理屈言う他の読者の方々に「糞な展開」と言われてもいいから、殺せんせー死なずに終わって欲しいな~、と思っていました。
でも、今思えば、殺せんせーは最初に3-Eの担任になってからずっと、生き延びるつもりはなかったのだと思います。「残された1年」と時間を区切って考えて、自分の死を思い続けていたのではないか、という気がします。
浅野理事長から教師として椚ヶ丘に留まらないか、と慰留されて「最初から教師をするのは一年だけ」というつもりでいた」と答えて断った殺せんせー。この後どうするのか、と聞かれて返した答えは、今読み返せば、いかにもとってつけたようなはぐらかしに思えます。
「過去の時間」を読んで殺せんせーの過去を知ってからも、何度か原作を最初から読み返しながら話を追い、また、殺せんせーの死を知ってから更に今までの話を振り返って思いました。
彼は環境に恵まれていませんでした。親につけられた名前も、生まれた日も知らず、「殺せば人は死ぬ」ということだけが信じられる… 考えても考えても平和ボ ケして暮らしている身には想像が及びません。私がもし、そんな環境で生まれ育っていたらどんなことになっていたんだろう… (答えなんか出ないかもしれないですが、事あるごとにぐるぐるぐるぐる考えています。)
「こいつ、生かしておいちゃ駄目だろ。殺された人の気持ちも考えろ。」と感想を述べた方や、作中で殺された人の気持ちも少しは考えたまえよ」 と言った某司令官氏はもちろん、そんなことは考えなかったでしょう。ただ、自分が今在る世界においての正論で言っているに過ぎないんじゃないでしょうか。
確かに人の命を奪うのは罪ですが、「殺せば人は死ぬ」それだけが信じるに足るただ一つの真実、という状態ってある意味極限ですよ。生きるためにそうせざるを得ないという環境にあったとしたら、それは平和で 何不自由なく暮らしつつ些細な理由で「ムカつく」と言って人を手にかけるのとは同列には論じられないと思います。
更に言うならね、戦争状態では、人の命を奪うのが悪でも罪でもないことだってあるじゃないですか。彼のこなした依頼の中にこんなのがありました。「幹部将校を2ダース殺して… 十年続いた内戦をたった1週間で終結させた」 これは、場合によっては英雄視されることかもしれませんし、 終結させたことによって失われずに済んだ命は? (←彼が携わらず、内戦が更に五年、十年続いたとしたら失われた命っていったいどれくらい?) もしかしたら彼は奪った以上の命を救っていたのかもしれないですよね。 (まぁ、彼は依頼をこなすうえでそんなこと考えもしなかったでしょうけれど…)
「死 神」と呼ばれる殺し屋であった頃の彼は自分のしていることに罪悪感などなく、疑問も持たなかったと思います。しかし、雪村あぐり先生と出逢い、心の交流を 持 ち、その後、彼女を失うことになって、改めて自分の過去を見つめ、更に「殺せんせー」になってから、生徒たちと触れ合う中で彼の内面には大きな変化があっ たという気がします。
「殺せんせー」を狙ってきた殺し屋たちへの報復は「手入れ」でした。ただ余裕からそうしていたのではないと思います。かつての「彼」と「殺せんせー」は明らかに変わっていたのではないでしょうか。
結果として、最後の戦いで柳沢と二代目死神を殺すことになったのですが、殺せんせーの方はおそらく2人とも殺すつもりではいなかったように感じました。
柳沢に対しては「去れ」と言っています。柳沢がその言葉を聞いて去るのなら殺せんせーにとってはそれでよかった。二代目も使い捨ての、先のない体に変えられていず、救う余地があるのなら救いたかった、かつての自分がゆがめた影響を与えたことを何とか償いたい思いで相対していたような気がします。生徒を巻き込む心配がないのなら残り時間いっぱいかけて、戦いながらでも言葉を交わすことを考えていたと思うのです。
けれど、柳沢は生徒たちを皆殺しにすることを考えていた・・・ 「殺せんせー」としては、生徒たちだけは何としても守り切らなければならなかった・・・ そして相対した結果がああなっただけだと。
死力を尽くした戦いの結果、せんせーは、彼と雪村先生の大切な生徒たちを守り切ることが出来て、誰一人欠けることなく卒業させることが出来たんです。
最後に、彼にとっても大切な生徒たちの手で送られ、「卒業おめでとう」と言ったかのように穏やかな表情で消えていった殺せんせー…
雪村あぐりさんとの巡り会いと、彼女の大切な生徒たちと過ごした時間によって、殺せんせーは、「死神」と呼ばれていた頃は想像だにしなかった平和で穏やかな楽しい暮らしが出来て、弱点いっぱいの性格は図らずも雪村あぐりさんの想像した通りで・・・
これでよかったんだ・・・ とようやく思えるようになってきました。
「たかが漫画、何マジになってんの? 大丈夫?」とか、「寒~・・・」とか思う方もいらっしゃるかもしれないんですが
それと・・・ 「こんな漫画で感動する、とか、この展開で泣くとか、せいぜい小学生くらいだろ~」
すみませんねぇ、作者さまより年上です。(成人して軽く二十年は経ってますが
)
「デスノート」とか作者さまの前作を引き合いに出してけなす意見も何度か目にしましたが、私にとって『暗殺教室』は、他の何とも比べられない名作だと思います。
残りあと2回。
作者さまは素晴らしい幕引きをしてくださるものと心から期待しています。
最後まで読んでくださったかた、ありがとうございまっす
ではでは^^
アニメ2期主題歌「QUESTION」 の替え歌
いえね、今朝のサラダにクレソンが入ってたもんで
思わず、アニメDVDのCMの殺せんせーのノリでクレッソン、クレッソン♪ って

CMの殺せんせーじゃないけど、
QUESTION QUESTION より、クレッソンの方が、歌いやすかったわ (←
)多分にネタバレを含む、前回このテーマで書いた項の続き、というか…
ジャンプ本誌で描かれた殺せんせーが亡くなられた(暗殺成功の)件ですが、
私はね、正直、理屈言う他の読者の方々に「糞な展開」と言われてもいいから、殺せんせー死なずに終わって欲しいな~、と思っていました。
でも、今思えば、殺せんせーは最初に3-Eの担任になってからずっと、生き延びるつもりはなかったのだと思います。「残された1年」と時間を区切って考えて、自分の死を思い続けていたのではないか、という気がします。
浅野理事長から教師として椚ヶ丘に留まらないか、と慰留されて「最初から教師をするのは一年だけ」というつもりでいた」と答えて断った殺せんせー。この後どうするのか、と聞かれて返した答えは、今読み返せば、いかにもとってつけたようなはぐらかしに思えます。
「過去の時間」を読んで殺せんせーの過去を知ってからも、何度か原作を最初から読み返しながら話を追い、また、殺せんせーの死を知ってから更に今までの話を振り返って思いました。
彼は環境に恵まれていませんでした。親につけられた名前も、生まれた日も知らず、「殺せば人は死ぬ」ということだけが信じられる… 考えても考えても平和ボ ケして暮らしている身には想像が及びません。私がもし、そんな環境で生まれ育っていたらどんなことになっていたんだろう… (答えなんか出ないかもしれないですが、事あるごとにぐるぐるぐるぐる考えています。)
「こいつ、生かしておいちゃ駄目だろ。殺された人の気持ちも考えろ。」と感想を述べた方や、作中で殺された人の気持ちも少しは考えたまえよ」 と言った某司令官氏はもちろん、そんなことは考えなかったでしょう。ただ、自分が今在る世界においての正論で言っているに過ぎないんじゃないでしょうか。
確かに人の命を奪うのは罪ですが、「殺せば人は死ぬ」それだけが信じるに足るただ一つの真実、という状態ってある意味極限ですよ。生きるためにそうせざるを得ないという環境にあったとしたら、それは平和で 何不自由なく暮らしつつ些細な理由で「ムカつく」と言って人を手にかけるのとは同列には論じられないと思います。
更に言うならね、戦争状態では、人の命を奪うのが悪でも罪でもないことだってあるじゃないですか。彼のこなした依頼の中にこんなのがありました。「幹部将校を2ダース殺して… 十年続いた内戦をたった1週間で終結させた」 これは、場合によっては英雄視されることかもしれませんし、 終結させたことによって失われずに済んだ命は? (←彼が携わらず、内戦が更に五年、十年続いたとしたら失われた命っていったいどれくらい?) もしかしたら彼は奪った以上の命を救っていたのかもしれないですよね。 (まぁ、彼は依頼をこなすうえでそんなこと考えもしなかったでしょうけれど…)
「死 神」と呼ばれる殺し屋であった頃の彼は自分のしていることに罪悪感などなく、疑問も持たなかったと思います。しかし、雪村あぐり先生と出逢い、心の交流を 持 ち、その後、彼女を失うことになって、改めて自分の過去を見つめ、更に「殺せんせー」になってから、生徒たちと触れ合う中で彼の内面には大きな変化があっ たという気がします。
「殺せんせー」を狙ってきた殺し屋たちへの報復は「手入れ」でした。ただ余裕からそうしていたのではないと思います。かつての「彼」と「殺せんせー」は明らかに変わっていたのではないでしょうか。
結果として、最後の戦いで柳沢と二代目死神を殺すことになったのですが、殺せんせーの方はおそらく2人とも殺すつもりではいなかったように感じました。
柳沢に対しては「去れ」と言っています。柳沢がその言葉を聞いて去るのなら殺せんせーにとってはそれでよかった。二代目も使い捨ての、先のない体に変えられていず、救う余地があるのなら救いたかった、かつての自分がゆがめた影響を与えたことを何とか償いたい思いで相対していたような気がします。生徒を巻き込む心配がないのなら残り時間いっぱいかけて、戦いながらでも言葉を交わすことを考えていたと思うのです。
けれど、柳沢は生徒たちを皆殺しにすることを考えていた・・・ 「殺せんせー」としては、生徒たちだけは何としても守り切らなければならなかった・・・ そして相対した結果がああなっただけだと。
死力を尽くした戦いの結果、せんせーは、彼と雪村先生の大切な生徒たちを守り切ることが出来て、誰一人欠けることなく卒業させることが出来たんです。
最後に、彼にとっても大切な生徒たちの手で送られ、「卒業おめでとう」と言ったかのように穏やかな表情で消えていった殺せんせー…
雪村あぐりさんとの巡り会いと、彼女の大切な生徒たちと過ごした時間によって、殺せんせーは、「死神」と呼ばれていた頃は想像だにしなかった平和で穏やかな楽しい暮らしが出来て、弱点いっぱいの性格は図らずも雪村あぐりさんの想像した通りで・・・
これでよかったんだ・・・ とようやく思えるようになってきました。
「たかが漫画、何マジになってんの? 大丈夫?」とか、「寒~・・・」とか思う方もいらっしゃるかもしれないんですが

それと・・・ 「こんな漫画で感動する、とか、この展開で泣くとか、せいぜい小学生くらいだろ~」
すみませんねぇ、作者さまより年上です。(成人して軽く二十年は経ってますが
)「デスノート」とか作者さまの前作を引き合いに出してけなす意見も何度か目にしましたが、私にとって『暗殺教室』は、他の何とも比べられない名作だと思います。
残りあと2回。
作者さまは素晴らしい幕引きをしてくださるものと心から期待しています。
最後まで読んでくださったかた、ありがとうございまっす

ではでは^^