寒さの中で、
水を切らせて、
縮こまっている花たちに、
「元気回復してよね」
と、お水の大判振る舞いをした。
フト、
そうなんだ、それって、
神様が私にも、そう言っておられるんだ!
と、思ったら、
寒空に、青空が広がってゆく思いがした。
私たちって、
こんな、ささやかなことを紡いで、
生きているんだね!
寒さの中で、
水を切らせて、
縮こまっている花たちに、
「元気回復してよね」
と、お水の大判振る舞いをした。
フト、
そうなんだ、それって、
神様が私にも、そう言っておられるんだ!
と、思ったら、
寒空に、青空が広がってゆく思いがした。
私たちって、
こんな、ささやかなことを紡いで、
生きているんだね!
早朝、聖書を開く。
昨日同乗者の方から聞いた、ヨブ記5章17節からを、あらためて、読みなおしてみた。
「ああ、幸いなことよ、神が叱責するその人は。だから、全能者の訓戒を拒んではならない。」(ヨブ記5:17節)
ここを読むなり、「オヤ」と、思った。これは、他者にでなく、私に語りかけいる
と、思った。
「神は傷つけるが、その傷を包み、打ち砕くが。御手で癒してくださるからだ。」(18)
不思議なほど、「そうなんだ」と自然に受け止められる。
「六つの苦しみから、神はあなたを救い出し、七つの中でも、わざわいはあなたに触れない」(19)
なぜか、ストンとみ言葉が心の中に入ってくる。
「飢饉のときには、あなたを死から、戦いのときには。剣の力から贖いだす。」(20)
これは、交通事故に限ったことでなく、たとえ、これから戦禍に巻き込まれるようなこ
とがあっても、神様は私を守られると宣言して下さっているのだ!!
「舌のむちで打たれるときも、あなたは隠され、破壊がやって来ても、恐れることはない。
あなたは破壊と飢饉をあざ笑い、地の獣をさえ恐れることはない。
野の石とあなたは契りを結び、野の獣があなたと和らぐからだ。」(21-23)
想像を絶する、神様からの祝福のおことば、、、
「あなたは自分の天幕が安全であるのを知り、自分の牧場を見回っても、何も失っていない。
あなたは自分の子孫、自分の末裔が、地の青草のように増えるのを知る。」(24,25)
それだけでなく、現在牧している群れが「安全」に守られ、「青草のように増える」
と、語っておられるのだ。
さらに、
「あなたは長寿を全うして墓に入る。あたかも麦束が、時が来ると収められるように。」(26)
神様は、「私」という小さな個人に対しても、思わんばかりのお心配りをして下さる
のだ、
と、言うことなのか。。。
交通事故を起こして、「ありがとうございます」とはとても言えまい、、が、、、
このできごとの背後におられる神様というお方の存在とそのめぐみの力に圧倒し、言葉を失う
事故後、久しぶりに普通の食事をした。
ごはんとお味噌汁、最近はまっているじゃいもの煮っころがし。
年がいくと、本当にこれだけで十分お腹が満足してくれるので助かる。
気がつくと、お腹のシクシクがとれていた。
晴れて元の生活に戻れた気がする。
🌞
今朝、聖書を読んでいて、
「主が命じられたのでなければ、
だれが語って、このようなことが起きたのか。
わざわいも幸いも、
いと高き方の御口から出るのではないか。」
(哀歌3:37,38)
の、この言葉が、私に向かって語りかけているかのように思えた。
顔面を前座席にぶつけれ現在検査治療中の方も、
「ああ、幸いなことよ、神が叱責するその人は、
だから、全能者の訓戒を拒んではならない。
神は傷つけるが、その傷を包み、
打ち砕くが、御手で癒してくださるからだ。」
(ヨブ記5:18)
このみことばをご子息から贈られて、
お気持ちが強められていることをお聞きできて、
感謝でした。
★
こうして、
一つ一つが神様の御手の中で導かれて行っている。
おや、どうしたことだ、
ブログを書きながら寝ているトは、、
時計をみると、ナント早くも11時半
どうして、こんなにも早く、夜は過ぎてゆくのだろう
H先生にはとうとう連絡が取れなくて申し訳なく思います、、、
今頃、横浜に来ておられるのでは?
Y夫人にもお会いしたかったけども、
しかしながら、車もなくなり、お会いしてもどこもご案内できそうになくて、、
ラインのお返事できていないKさんにも、
申し訳ないです。
明日しますね、、、
あ、、、限界そうです。
それでは、
オ ヤ ス ミ ナ サ イ
明日が良き日でありますように、
と、今日は『私』に言ってあげよう。。。。