横浜チャーチサイド ストーリーズ -21ページ目

横浜チャーチサイド ストーリーズ

横浜で見たこと、聞いたこと、考えたこと、、、など、など、

礼拝後、

洗礼準備会を行った。

 

二十年近く教会に来られている老翁兄が、

数週間前に、はじめて、洗礼に向かっての一歩を踏み出したからだ。

 

その方は、

一人の人としては、十分に責任を果たし、立派に人生を生き抜いて来られていて、

それが、逆に、決心を鈍らせていたのかもしれない。

 

礼拝にも忠実に出てきて下さっていたものの、

3か月コースの聖書の学びの中でも、

「イエス様は好きだけど、旧約聖書は作り話としか思えず、仏教の方が私にはあっている。

天国があるとするなら、私は外の門番で十分だ。」と言って憚らなかった。

 

ところが、

数週間前の礼拝後、

「私はすこし近づきました。」

と、自ら言ってこられたのだ。

驚いたのは私の方だった。

「少しであっても、中間なんてないので、

その一歩はすでに神様の敷地内に踏み込んでしまわれたということです」

 

「でも、罪をもっていては、はじき出されますから、まず、罪が赦されるところから、一歩づつ進めて参りましょう」とお勧めをしたところ、

すんなりと罪を認められて、、、、

 

今日の洗礼準備会においては、

「これだけ生きてきたのですから、

全部の罪を悔い改めるには、かなりの時間がいると思いますが、、」

と、仰られ、私の方が内心、もう、驚くばかりでした。

ほんの数週間前まで、

罪について、どころが、わが家系を、、、仏教が、、、と言ったことしか話されなかった方が、

少し、目を潤わせて、神様の前に罪の重荷を下ろそうとされている。

ご聖霊が働かれると、ホントに人は変わるのだ、、、、

言葉を失う、、、

福音の凄さに圧倒される。

 

🍴

 

アパートに帰り、食事を済まると、

次に予定していた家庭礼拝の迎えが来られた。

玄関をあがると、

96歳の老翁姉がきれいに身支度して待ち受けていてくださった。

 

席につくと、

私は昨晩眠れなかったせいか、

少し、瞼が重たく感じられたものが、

放蕩息子の話で盛り上がり、

テーブルを囲んだ三人は、

神様の愛のすばらしさに感動し、ひれ伏した。

み言葉の朗読、頌栄、祝祷、小さな礼拝は祝された。

 

あれほど重たかった目が、

再び、パチリと開いたのは、

礼拝後頂いたコーヒーの為だけではない、

疲れを忘れてしまったのだ。

 

けれど、

アパートに帰ると、

再び目は重くなり、

座っていても、

半分身体は眠っているようだった。

 

何時に眠ったかも覚えていない。

目が覚めると3時過ぎ、、、

 

目覚めがとても、心地よい、、、

さっきから、生あくびの連続、、

それもまた疲れが抜けて」ゆくように思えてくる。

 

山頂から流れ来る空気はなんと心地良いことだろう。。。。

 

 

 

 

 

牧師にとっての日曜日は、

たぶん、登山家が山頂を登り切った、、、

そのようなところにいるのだろうと思う。

 

一週間、

礼拝のメッセージの為に取り組み、

講壇がその山頂と言えなくもない。

 

私の場合、

週ごとの礼拝メッセージと共に、

月に一度、子どもたちへのメッセージを担当させて頂いているが、

これがまた大変で、

正直、大人に向けたメッセージよりも、

私には数倍重たく感じているのはどうしたことだろうか。。。。

 

月初めの昨日がその日で、

実は、教案を読んだ時から、

不安を抱えていた。

内容は、イスラエルのバビロン捕囚からの帰還。

 

見ず知らずの遠い外国の歴史の転機を、

この小さな子たちにどう伝えればよいのか、、、、

それが課題だ。

悩みにに悩み、あれこれ準備らしきものに取り組んだ末、

子どもたちの前に立った。

結果は惨憺たるものだったとしか言いようがない。

 

そこで、

横浜の教会で奉仕2年目にして、

初めて、出席していた大人と子どもに感想を聞いてみた。

すると、

大人も子どもも声を合わて、

「むつかしかった」と言った。

 

小2の子どもは、

「よくわからなかった」

とも言ったてた。

 

「そうなんだ、そうだろうな。。」

と、思いながら、

小2のその子どもに、

「では、聞くけど、

神様は、この世界の歴史と地球全部をおさめておられる方、というのはわかった?」

と、言うと、

その小さな男の子は、

「それはわかった!」

と、大きくうなづいたのだ。

 

メッセージに対する不勝利感のようなものは拭えないが、

私には、そのことばでもう十分だった。

 

メッセージは何度しても、いつ、どこでしても、慣れたとは言えず、

私にとっては、まるで、一回一回が山登りをしているようだ。

それは、かなりのエネルギーを要する。

 

けれど、それもまた、

神様は、ただの欠けだからけの未熟な器であることを十分ご承知の上で

用いて下さっているんだから、と、心に命じていないと、

自分自身が山頂で壊れてしまうかもしれないと、

新たに、

自分に警告を与えたのです。

 

 

 

 

 

 

 

午前2時前、

寝る前に飲んだ緑茶のせいかもしれない、

夢をみていたような気がしたが、

眠りが浅いのが、

とうとう目が覚めてしまった。

 

礼拝を控えて、、

真夜中に目が覚めるのは、

本当に困るのだけど、、、

 

だれど、

夢うつつではあったものの、

とても、大切なことのように思えた。

 

瞬間、

走馬灯のように、

人生のあれこれが過った。

「もしも、あの時、こうだったら、今はどうしていただろう?」

と、いう思いのような、、、

それは、まるで、「後悔していないか」と、問いかけているようでもあった。

 

そこで、

無意識のうちにも応えているのだ、

「あの時、ああだっても、こうだっても、

また、どんなに条件が揃っていたとしても、

あの頃の私ならば、どこに置かれても、

どこか、いつも不燃焼で、どこかに不満をため込んでいたと思う」

と。

 

夢の中でありながらも、

そのように答えている自分に驚いていた。

 

👣

 

27才で神学校に入学。

献身の生涯が始まった。

一生懸命だった。

いくつかの失敗も経験したが、

それでも、右にも左にも曲がらず、

よくここまで来たものだと思う。

 

けれど、

復活の主がペテロに

「あなたは私を神の愛で愛するか」

と問われて、彼は、

「人間の愛で愛する」

としか答えられなかった。

ペテロにはそれが彼の全身全霊をかけての応答だったのだ。

 

そのようにしか答えられないペテロに対して、

主の方がそのペテロの思いに合わせられて

「あなたは私にたがってきなさい」

と、言われたのだ、

 

 

私もまた、私自身は、精一杯神様に合わせてきていたと思っていたが、、

実際は、

神様の方が身をかがめるように、

卑しい肉なる私に合わせて接していてくださっていたのだ。

奉仕と言えるかどうかさえわからないちぐはぐな者に、

寄り添っていてくださったのだ、、、

 

どこかに、人間くささが残っていた。

にも拘わらず、

主は、このような者をも、

限りない愛をもって、

憐み、そこに置いてくださっていたのだ。

 

 

人生の終盤戦を迎え、

今、新たに、

「これで良かったのか?」

と、問われて、

「主よ、十分です。

あなたがお与えくださるもので、

私は十分ではありませんか」

と、はばからずして応答している自分に驚いている。

 

ハレルヤ!