細木信宏の良い映画を観よう! -5ページ目

細木信宏の良い映画を観よう!

フィルムスクール卒業後、テレビ東京の番組「モーニングサテライト」のニューヨーク支局を経て、アメリカ国内枠で数々の映画を取材し、シネマトゥデイ 、映画.com、リアルサウンドに寄稿。自身の英語の映画サイト、https://cinemadailyus.comも立ち上げた。

前回、ブログを書いたのが8月で、実に3ヶ月ぶりになりましたが、久しぶりにアップデートしようと思います。この間に僕は、アメリカの英語のサイトの経営と、映画.comの記者としての仕事、これから公開される映画のチラシ用のインタビューをしながら、トロント国際映画祭、ニューヨーク映画祭、ニューヨーク・コミコンを取材し、これから北米最大のドキュメンタリーのイベント、Doc NYCの取材をし、先日、来年のサンダンス映画祭のためにプレスの取材申し込みの書類を提出しました。こちらが僕のアメリカの映画サイト、

 

 

 

 

 

ここからは、最近の映画ニュースと黒沢清監督との取材記事を紹介します。

 

1. ジェーン・カンピオン監督、ベネディクト・カンバーバッチ主演の映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の新たな予告編が公開されたました。

https://www.youtube.com/watch?v=LRDPo0CHrko

 

2. 映画版『ハリー・ポッター』シリーズの第一弾を手掛けたクリス・コロンバス監督が、映画『ハリー・ポッター』シリーズの20年後を描いた小説「ハリー・ポッターと呪いの子」を映画化がしたいと語ったようで、ダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソン、ルパート・グリント等も、映画化するうえで適齢で、はたして映画化されるのでしょうか?

 

3. )ビデオゲーム「ドンキーコング」の実写映画化作品の企画が進められ、セス・ローゲンが主演の声優役を務めるようだ!ちなみに現在、実写映画版『スーパーマリオ』の企画も進められていて、そのピーチ姫役に、NetflixのTVシリーズ「クイーンズ・ギャンビット」のアニャ・テイラー=ジョイが抜擢されているそうです。

 

4)日本の漫画家、奥浩哉の代表作「GANTZ」の映画化が、ソニー・ピクチャーズとテンプル・ヒルのもと進められているようです!映画『オーヴァーロード』、『ガンズ&ゴールド』のジュリアス・エイヴァリーがメガホンを取るようです。

 

5)HBOの人気TVシリーズだった「ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア」の最終章の最後のシーンで、急にカットするシーンについて、クリエイターのデヴィッド・チェイスが、トニー・ソプラノが正式に亡くなったことを認めたようだ!今更だけど、アメリカでは生きているかもと思っている人が結構多かったみたいです。ちなみに、「ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア」の前日譚を描いた映画『The Many Saints of Newark』には、トニー・ソプラノを演じた俳優ジェームズ・ガンドルフィーニの息子マイケル・ガンドルフィーニが出演しています。

 

さてここからは、2ヶ月前にアメリカで公開された日本の映画『スパイの妻』で黒沢清監督に30ぷん取材した記事です。

 

Q :  黒澤監督の東京芸術大学の教え子であった野原位さんと濱口竜介さんが共同脚本を担当されていますが、

黒澤明監督の作品のように、脚本家の橋本さんと黒澤さんが書いた脚本を小國さんが読むような、野原さんと濱口さんとはどんな関係性で脚本を構成しているのか教えてください?

 

(黒沢清):黒澤彰監督作品のような複雑なやりとりはなかったのですけれど、野原と濱口がオリジナルのストーリーを考えてきまして、それはかなり脚本に近いプロットでした。それを読んだ瞬間から、これは面白いと思ったんです。僕の方からは、予算とか、撮影期間とか、こんな風にした方が良いと幾つか注文を出したんですけれど、最終的には彼らが脚本にしてきました。それは面白かったものの、かなり長かったので、予算の都合で僕がそれを企画に相応しいように改稿しました。そんなに何度も何度も、彼らとやりとりした訳ではありません。ですから、80%は彼ら二人が書いたものです。

 

 

Q : アメリカの赤狩りなどでもそうですが、人との付き合いによって、あるいは人との関係性によって、優作も徐々に疑われることになるが、戦前からの日本政府の締め付けがとても丁寧に描かれていました。野原さんと濱口さんの脚本を読んだ時に、黒澤さんから時代背景で加味されたところはあるのですか?

 

(黒沢清):それほど細かくは覚えていないのですが、野原と濱口が書いた脚本は、夫婦のメロドラマと言いますか、それが中心になっていたと思います。僕が付け加えた部分はもう少し、東出さんが演じる憲兵に象徴される国や権力側の動き、そして夫婦に課せられる様々な圧力みたいなものは、もともと脚本にも書かれていたのですが、僕がさらに強調するように書き加えていきました。たぶん、欧米などでは、こういう戦争の状況下で政府に争う人たちは、いろいろな形で描かれてきたと思いますが、日本映画ではまだまだ意外に少ないんです。犠牲になった可哀想な人たちという扱われた方や、戦争自体に抵抗する人などは1960年代に描かれたりしましたが、一般市民が戦時下で政府に抵抗する映画は、案外少なかったんです。欧米の人たちには、真っ当な物語ですが、日本では結構、珍しいストーリーなのかもしれません。

 

Q : 今作はNHKを通して8Kでの撮影が行われていますが、本来ならば8Kはスポーツなどの撮影でその威力を発揮すると思いますが、今作を8Kの撮影で描くことへの懸念はなかったのか?

 

(黒沢清):僕は技術者ではないので、どうやって8Kを映画的なものとして完成させていったか、細かい部分はちゃんと把握していないのですが、最初からある意味、矛盾した企画でした。あなたが仰る通り、8Kというのは信じられないくらいクリアで、細部がありありと現実のように見える分、スポーツ中継や美術品の記録などには適しているけれど、フィクションをそれで撮ると、もう目に見えて目の前でメイクして、衣装を着た俳優が演技しているようにしか見えないくらいあまりにも生々しいため、それをどう観客に自然に入り込めるようにしてくのかが、大変な課題でした。しかも現代的ではなくて、戦時中が舞台ですから、当初は思い切ってモノクロ映画にしてしまおうとか、あえてものすごく画質が悪いように変えていこうとか言う案もあったのですが、それだと最初から8Kにする意味がないわけです。この8Kの鮮明なハイクオリティな画質は残しつつ、生々しさを消して、フィクションとして成立させるという矛盾したことを目指しました。結果は、本当に素晴らしいものになったと思います。動く絵画と申しますか、非常に鮮やかでクリアでありつつ、充分、ある種の豊かさというか、フィクション性というものを保った画面になっていて、技術者の人たちは何か月もかかって、この映像に仕上げたんです。

 

 

Q : 勇作を演じる高橋一生さんと聡子役の蒼井優さんの配役について教えてください。事前に念入りリハーサルや読み合わせをしたのか?

 

(黒沢清):僕と蒼井優さんは、何度も仕事をしていますので、彼女の演技の力は100%信じていました。ただ、高橋一生さんは全く初めてでしたので、最初はどうなるか固唾を飲んで見守っていたんだすけれど、日本の映画業界の40前後の男優の中では、一番うまいと言われている方だったので、安心はしていました。僕のやり方は、事前のリハーサルを一切やりません。本読みもやりません。とにかく撮影現場で数回テストはしますけれど、数回テストをしたら、すぐにカメラを回すというのが僕のやり方ですね。今回も、それでいけると判断してやりました。蒼井優さんは、そのやり方に本当にうまくやってくれています。映画の前半で、高橋一生さんのキャラクター、勇作が満洲でどんな経験をしたのかを長いセリフで語るシーンがあるのですが、あのシーンを撮ったのが撮影2日目だったんです。これは、かなりチャレンジを要するスケジュールでしたが、あそこがうまくいけば、あとは大丈夫だと思って、高橋一生さんも覚悟して、大体の段取りだけは僕が支持しましたが、リハーサルもなく演じてくれました。でも、いきなりの演技でも、完璧でしたね。2、3回カメラを回しましたが、あっという間に終わってしまいました。それぐらい、高橋さんも、蒼井さんも、やる前から準備というものが完璧にできている方なんです。そういった意味で、プロフェッショナルなんです。相手役がどう出てこようが、それに順応して、そう何度もテストしなくても、ある種の感情と、そこで何を表現しなければならないかを、完璧にコントロールできる方達なんです。2日目であのシーンを難なく撮り終えたので、3日目から全然楽でしたね。彼らも2日目であのシーンを乗り越えたことで、自信になったと思います。

 

 

Q : 何よりも脚本の魅力は、聡子にあると思いました。彼女はすごく聡明で、機知に飛んでいて、あまり夫のことを知らず全く対応できない女性ではなく、夫と対等、あるいは先を見越して行動し始める展開が面白かったです。

 

(黒沢清):あの聡子のキャラクターは、僕ではなくて野原と濱口が作ったキャラクターで、僕も最初に脚本を読んだ時に、そうそうこれがやりたかったという風に思いました。戦時下を描くと、どうしても女性は、男性と違ってただ犠牲者、夫を戦場に送り出す可哀想な人たちみたいに描かれることが日本では本当に多いです。そういう人たちも勿論いたけれど、あの同時の女性はみんなそんな受け身で、自分達では何もできない人たちだったのかというと、全くそうではないんです。ただ、ドラマとしてはなかなか扱われなかったんです。ああいう女性は間違いなく沢山いて、あまり物語る場には登場してこないのですが、様々な葛藤をしていたはずなので、やっとそういう人たちを描く映画に携われたことは本当に嬉しかったです。今後、こういう時代を扱ったこういう娯楽性も兼ね備えたような日本映画が、またどんどん作られていけば良いなぁと思います。

 

Q : この映画の音楽をバンド、東京事変の長岡さんが担当されていますが、どう言ったコラボレーションだったのでしょうか?

 

(黒沢清): 東京事変は非常に有名なバンドですけれど、僕は正直、長岡さんが映画音楽をやるということを全く考えてもみなかったんですね。ただプロデューサーが、長岡さんと知り合っていて、彼は映画音楽をやってみたいという欲望があると聞いたものですから、本当ですかということで、初めて彼にお会いしたんです。多少傲慢かもしれないけれど、あえて彼には東京事変でやられている音楽とは全然違うことになると思います。どんな曲にするかはお任せしますが、こういう時代であり、サスペンスとか、メロドラマのジャンル性もあるので、そういう映画のテイストを裏切らない音楽にしてもらいたい。だから、たぶんエレキギターの出る幕はないと思うと伝えたんです。(笑)すると彼は、「わかっております」と引き受けてくれました。彼はクラシック音楽の素養もある方でしたので、ある種の非常にオーソドックスなスタンダードな映画音楽で、クラシカルな生楽器を使ったオーケストレーション主体の音楽を作ってくれました。大変新鮮だったし、長岡さんはこんなことちゃんとやってくれるんだと思い、大変嬉しかったですし、驚きもしました。

 

 

 

Q : 黒澤さんの映画を見ていると、あまり群像劇みたいな作品がないのですが、それは黒澤さんの中で、2、3人ぐらいのキャラクターを中心に描き、観客も感情移入しやすい手法をとっていることが多いが、それは意識して手掛けていることなのか?

 

(黒沢清):それはなかなか、鋭いご指摘だと思います。群像劇が嫌いだとか、それを避けていることはないのですが、なかなか沢山の登場人物を一本の映画の中に出してくるということは、なかなか僕はできないですね。どこかで、これが映画の物語の基本だなぁと、どこかで思っているのが、昔の1940年代、1950年代ぐらいのアメリカのB級映画みたいなもの、ジャンル映画みたいなもの、ああいうものが無意識にスタンダードな形として植え付けられていると思うんです。ですから、そういうジャンル映画を描こうとしなくても、あの頃のRKOの映画は、本当に主要人物3、4人ぐらいですが、複雑で奥が深く、シンプルなんだけれど、ものすごく見応えのある映画を次々と作ってきたわけです。そういうものが僕の中で、どこか憧れとしてあるので、あまり登場人物が増えないんですね。だから、話がどんどん広がっていくものよりは、いくつかのシンプルな構造の中で、どうやってそれを深めていくかを、どうしても考えてしまうんですね。そういう映画が好きでみてきたので、逃れられないという感じでいます。低予算だとか、スケジュールがそんなにないとか、ある程度の制約があったと思いますが、だからこそ、本当にシンプルで力強い映画が当時作られていて、まぁそういう映画が僕の憧れですね。

 

Q : フィルムにこだわる監督もいれば、デジタルに移行している監督もいらっしゃる中で、今後の撮影はどのように行っていきたいのか?

 

(黒沢清):少し誤解されているかもしれませんが、僕は撮影においてはとっくにデジタルで撮影していまして、ほぼフィルムで撮影することが日本では難しくなってしまい、さらにフィルムを使うとものすごく予算がかかるので、もう10年前くらいからデジタルを使わざるいけなくなりました。ただ、それは道具が変わったというだけで、目指しているものは全く変わっていないですね。今のところ、ツールとして何をつかおうが、目指しているのは映画館で上映され、そこで絵画的な美しい映像で観客を感動させるような作品を目指す、それはフィルムが100年かけたものを、デジタルを使って目指すということは今のところ変わっていません。

 

 

Q : 以前に、是枝監督が、海外の映画祭で勝負できる日本作品が少ないと仰っていましたが、海外の映画祭にも血こな日本作品が選考されていますが、黒澤監督自身は今の日本映画をどう見ているのですか?

 

(黒沢清):海外の映画祭も様々なものがありますから、一概に一括りに一つの価値観で見ることは難しいですけれど、僕は現在の日本映画は海外と比較しても、全く引けを取らないものが実は沢山あると思っています。ただし、それらはメジャーな作品ではないですね。時には学生が撮った自主映画であり、無名な人が撮った本当に小さな作品だったり、そういう作品はもちろんお金はそんなにかかっていません。日本でやる小さな学生映画祭みたいなもので、そういった映画を鑑賞した中で、10分のうち1本くらいは、相当ハイクオリティだというのがあります。ただ、そういう才能が本当にメジャーな、一般に公開される商業映画として全く取り込まれていないです。仮に取り込んだとしても、そういった監督たちが商業映画を撮った瞬間に、自主制作では素晴らしかった才能が、全部消されてしまうという、そういうシステムが問題だと思います。だから、濱口良輔は珍しい例ですね。つい、数年前までは彼は素晴らしい映画を撮っていても、誰も知らない監督だったですけれど、幸いここ数年で、少しメジャーな映画を撮るようになって、名が知れるようになったのですけれど、ちょっと前までは全く無名でしたね。そういう人たちがまだまだ日本にはいるんですね。

 

Q :アメリカには、そういった独自性のある作品をサポートする映画会社A24みたいな会社があるが、日本にはまだまだそういう会社が少ないのか?

 

(黒沢清):そうですね、現実は本当に才能のある若い人たちになんとかメジャー作品に行って活躍してもらいたいと思っても、彼らの方も、そんなメジャー作品には行くつもりはないと最初から諦めているとか、自分達を引き離して絶望しているんです。日本のメジャー作品のシステムの中で、やりたいことは何もない、あくまで自分の作品を撮り続けていくか、理想的には日本を離れて、海外のどこかで撮るということが一番良いと思います。それぐらい若い才能とメジャーな商業映画が、日本では完全に分裂してしまっているということが、なかなか辛い現実ですね。

 

Q : 先日、ニューヨークで行われているジャパン・ソサエティーで行われているイベント、ジャパン・カッツで、映画『サマーフィルムののって』を拝見させていただきました。独立系映画であるのですが、商業的な要素もある映画で、映画愛のある映画でした。映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のような映画内に映画愛の詰まった映画でした。こういった映画が、日本でももっと作られていくと良いんですけれどね。

 

(黒沢清):それは素晴らしいと思います。そういう映画が何年かに一本出てくるではなく、毎年何十本も出てくると、日本の映画界も変わってくると思います。

 

Q : 今回、初めて時代物に挑戦されたわけですけれど、今後何か別に挑戦したいジャンルみたいなものはあるのでしょうか?

 

(黒沢清):そうですね、僕は何でもやりたい方なので、これまでやったことのないものは、何でもやってみたいのですが、今回初めて現代ではない時代物をやってみて、後ろ歩いているエキストラから全てが作り物というか、その辺の街で適当に撮るわけにはいかないという、こういう作り方は本当に新鮮で、また現代ではない時代ものというをやってみたいという欲望がありますね。まぁ、その題材にするかは難しいのですけれど、一度、やってみたいのはチャンバラ映画ですかね。hcanんバラというのは、特殊なジャンルなので、時代物と言っていいかはわかりませんが、これも一種のコスチュームプレイですから、チャンバラはやってみたいですね。それと、同じ戦争でも、他の満洲や中国大陸のどこかを舞台にした、本当に戦場を舞台にした映画を一度、撮ってみたいなぁという欲望はありますね。

 

Q :黒澤明監督のようなスケールの大きな映画を期待したいですね。

 

(黒沢清):ちょっと予算がかかってしまうので、どこまで実現できるかこれから探らなければいけません。

 

Q :今日は、忙しい中貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。

 

(黒沢清):こちらこそ、本当はそちらに行って宣伝できなくてすみません。こういう形でお話ができてうれしいです。