【け】

・煙【けむり】

玉手箱はもうもうと白煙を舞い上がらせ
束の間、竜宮城での思い出を投影すると
浦島太郎を700歳のおじいさんにしてしまったらしい。
その後は母親を捜して泣いて嘆いて暮らしたのだとも、
実は鶴に変わってしまい亀とともに暮らしたのだとも聞くけれど、
さておき、その煙の中に見た景色はどんなに甘美だったろう。
ひとは開けてはならない箱ほど開けてしまうもので、
ならば、煙も散るべくして散ったのだと思う。
限られた時や場所にだけは在ることが確かな煙も
容易く風に散って溶けてなくなるとそれを追うことも出来ない。
せめて残り香でもあったなら、彼だって幾分か和んだろうに。

ときに僕は、
どんな玉手箱も開けられるその瞬間が待ち遠しい。
それは云わばきらびやかで嘘みたいな現実であるから
不快に脚色された武勇伝にも間違われ兼ねないけれど、
その語る表情の1つ1つが愛おしくて仕方がないので、
疑似体験して居るような感動がある。

母の口からきらきらと零れて流れて来る若い頃の思い出もそうで、
そのどれもが大胆で豪快に思われて、どうも現実感がない。
近頃の僕らの目に映る母と云うのが
小さく幾重にも絡まったレース糸のようだから尚更で、
何とかほどけないのならと新しく買い替える訳にもいかず
細い糸を指でねじっては手繰って寄せるような日常の真ん中、
唐突にゴム毬のように弾む軽やかな時代を語られると
誰にでもあって当然の青春が、身内話には想像もつかなくなる。

例えば、夢中で走って辿り着いた土手に寝転び笑い合った、
薄曇りの低いところから零れて来る雨音だけを頼りに歩いた、
切れ間から覗く陽の光がこの手すら透かしてしまいそうだった、
そんな映画や小説の一行のような青春を
誰しもが抱えて居るはずなのだと知って居ても、
母の云う確かめ様のない嘘みたいな本当の話は現実離れして居て
いつまでも想像の世界を脱さないのだ。
だから、不思議で面白い。


生グレープフルーツサワーを呑みながら玉手箱を紐解く母の表情は
まるで雲の晴れた宵の空に星が煌めくかのように
少しだけ若返って映って見える。
歴史がきらきら反射して居るせいかもしれない。
どこかの太郎のように700歳の老いぼれになってしまったり、
鶴になって飛んで行ってしまったりしなくて本当に助かる。




と云う訳で、毎度ではありますが、お久し振りのタナカです。
皆様、ご機嫌いかがでしょうか。
1ヶ月以上のブランクを経てのタナカドリルの更新な訳ですが、
今回は少し短めな【け】でした。煙。

煙と云うと、小さな頃は「ようかいけむり」なんて
駄菓子屋で売って居る類いの玩具に執心して居て、
しょっちゅう手をべとべとにして遊んでたんですけど。
あれって近頃でも売ってたりするのでしょうか。
大きくなったら丸ごと買い占めたい、なんて願望もありましたが、
きっと今手に入れても持て余すのが関の山なので、
探すのはやめときます。
もう大人なんだし。



さて、世の中の省エネ指向も合い重なって
寒がりな僕も上着を持たずに出掛けるような季節になりました。
最近は家に居れば日曜の朝の2つの番組を楽しみにしたり、
バラしていこう 」(14日まで池袋シアターグリーンにて)
遙かなる時空の中で2 」(12日まで新宿スペース・ゼロにて)
などなどと素敵な舞台の観劇をさせて頂く機会も多くて、
半袖で出掛ける喜びもそこそこに
皆活躍してるなあ、なんて指をくわえる次第なのではありますが。

矢鱈と嫉妬してばかりも居られません。
僕も告知しなくてはならないことがあるのでした。




まず1つ目。
震災の影響等々ございまして公開延期になっておりました
「ガチバン MAXIMUM」なんですが、
レンタル・発売ともに開始になりました!
劇場公開を楽しみにして下さった方々には
大変ご迷惑お掛けしてしまいましたが、
どうぞお手元において下さると嬉しく思います。

画像の中の謎の写真は御覧頂くと何だか判明するかも、です。



そして、2つ目。
アンディ、いえ、松尾スズキさんとご一緒させて頂いた
「松尾スズキのOH!官能小説」
http://www.radiodays.jp/item/show/200742

と云う題名からして怪しさ全開のWEBラジオが
ついに、ついに配信開始になりました。

内容は過激かつ辛辣な内容になって居ることかと思います。
そう云った刺激に抵抗のない方は特に、
是非是非ダウンロードしてお楽しみ下さい。

かく云う僕も、
実はまだ確認出来てない身なのでお勧めしながらも
かなりドキドキして居るのですが、
僕より早く聞いた方の感想をお待ちして居ります。


田中伸彦オフィシャルブログ「タナカドリル」Powered by Ameba-20110526123146.jpg