【き】

・きっかけ【きっかけ】

金曜日の夕方には大好きな水泳教室が待って居て、
そろばん教室の一時間は早く過ぎないものかと気もそぞろだった。
薄いドリルにはただ数字だけが並んで居て、
そのうちの一ページ分を指で弾いてこなしては、
答え合わせの為、教卓の横に子供達がずらりと並ぶ。
全問正解で大きく丸を貰うと、
席に戻って次の一ページ分の数字を指で弾いて、また並ぶ。
静かな教室には絞るような落ち着いた先生の声と
競争でもするかのような珠を弾く音だけが絶えず響く。
冬の静かな薄曇り、
ともすればストーブの上でやかんが鳴くこともあったけれど、
薄く揺れやすい硝子戸一枚で外と隔たれてしまうと
大通りの車の往来が聞こえない程の張りつめた雰囲気で満ちた。

そろばんは得意も不得意もなく、ただ単調でつまらなかった。
僕は一時間のうち何度もトイレに席を立っては
古い家屋特有の汲取式の便器を見下ろしてただ時間を潰した。
決して清潔な趣味とは云い難いけれど、
小さな四角い窓の向こうから響いて聞こえる
区画整備に忙しい道路工事のドリルの音は
単調で行き場をなくす緊迫感よりずっと心地良くて、
何を考えるともなく壁にもたれて長居した。
先生はそんな僕に気付いて居たのだろうけれど、
特にそのことで叱られた覚えがないのは、
終了時刻が迫りページがちっとも進んで居ない時分の僕が
遅れがちながらも慌ててドリルを進めて居たからだと思う。
思えば、そんな頃から僕は追い詰められて土壇場になるまで
腰を動かさないような質だった。


師走に差し掛かると間もなく、年賀状を書き始めろと母が云う。
云われるままに張り切って取り組むものの、
数枚書いたところですぐに飽きて片付けてしまうので、
師走の母は懲りずに何度も檄を飛ばす。
もう二週間しかないと叱られれば、まだ二週間もあるのかと余裕で
日に何枚書けば全てが書き終わるかと割り算はするくせに
今日の分を明日に回して、明日は明日で明後日に廻すので
下らない割り算の計算は連日一日一題の習慣と化す。
結局、月末近くになると手元の年賀状の殆どはいつも真っ白だった。
食卓の片隅には父が書き終えた年賀状が積み重ねられて居て、
足並み揃えるように美しい毛筆の書体が恨めしい。

嘯いて難を逃れつつ師走をやり過ごした報いは面倒で、
大晦日の夜にまで持ち越した年賀状は叱られる種。
年末の支度に忙しい母の目を盗みながら慌てて書くものの、
やけに静かな子供部屋を不審がって不意に入って来る母が
元旦に間に合わないじゃないの、とまた檄を飛ばす。
夏には暑中見舞いで叱られ、宿題が進んで居ないとまた叱られる。
年中、同じことを繰り返して進歩がないのが僕だった。

順序立てて計画通りに物事を進めたとしても、
不慮の事故が起こらず平穏なままと云うこともないのだけれど、
そもそも信号機すら立てられない僕の場合は
すいすい流れて自由なようで居て、
必ず何処かで詰まって渋滞を起こすのが関の山だった。


そろばん教室の先生は昔ながらの屈強な頑固親父と云った風で、
近くに大きな動物園が出来たのをきっかけに、
区画整備で正面の通りの拡張工事がどんどん進められて居ても、
土地の立ち退きには長いこと応じなかった。
生徒がまだ誰も来て居ない昼過ぎの早い時間に教室に行った時、
自分は決して云いなりにはならないのだ、
そんな話を自慢話でもするかのような口調で聞かされた。
老人の癖なのか、そろばんを弾き続けた職業柄ゆえなのか
指三本を忙しなく擦りながら笑顔混じりに話す先生の姿は
普段の寡黙な印象とは正反対でなんだか新鮮だった。

祖父は二人とも僕の生まれるより前に他界して居て、
おじいちゃん、と云う習慣がなかったからなのかもしれない。
先生のがさがさで低く唸るような声は怖い気がして居たけれど、
こうして話して居ると別人のようでもう怖くはなかった。
そう思って気の緩んで来たところに先生がふと
「お前は腹が悪いのか」と云うので、どきりとした。
本当のことを分かって居て、わざとそう聞いて来るのか
本当に心配して聞いて来るのか、どうにも腹が読めず、
下手を出さないように小さく相槌だけを打つと、
「そうか」とまたいつもの先生のような寡黙な姿に戻って居て、
僕の答えが合って居たのか間違って居たのか分からないままに
いよいよドリルを開いてそろばんを始めなければならなかった。

僕以外に生徒の居ない教室に響く珠の音はいつもより静かで、
なんだかいつになく緊張したけれど、
斜め向こう側からの視線を一身に受けて居ると休む間もなくて、
ただ黙々とそろばんの珠を弾き続けるしかなかった。
集中すれば、いつもは長い一時間もあっと云う間で、
ドリルはもう終わりの方だったので先生が大層驚いて居た。
一日分の殆どを数分でこなして居たせいで才に気付けなかったのか、
若しくは、そのために腕が磨かれて居たのか、
兎に角、僕はそろばんが特に速い方だと太鼓判を押されてしまい、
以降の毎週金曜日、先生の期待は重圧となってのしかかって居た。
それでも先生のことが前よりも好きになって居たのもあって、
出来るだけ先生の期待に応えなくてはと、
集中力と云うより、気負いが原動力となって
僕も次第に黙々と競うようにドリルを進めるようになった。


今となっては
珠の弾き方も先生の名前もすっかり忘れてしまったけれど、
あの頃そろばん教室で響いて居た音のそれぞれが懐かしい。
そろばんはやっぱり単調でつまらないながらも、
つまらない時間を呆然と過ごすより、一生懸命になってみると
意外にも早く経つものだと知ったきっかけだったと思う。
自分は頑固者のくせに、
僕の道の区画整備に一役買ったあの先生は
今でも何処かで誰かのきっかけを作って居るのだろうか。







気付けばまたお久し振りになってしまいました。
どうも、タナカです。

数日前になってようやく東京にも雪らしい雪が降るようになって、
季節の変化に一喜一憂のおセンチボーイが炸裂するのかな
と思いきや、雪景色を憂う隙もなく、
「寒い寒い寒い」と呪詛のように繰り返してばかりの毎日です。
元々、寒さに弱い性分とは云え、
年々、寒さに弱くなって居て毎年冬がくる度不安感が募ります。
折角、季節の変化が美しい、と云われる日本に生まれたのだから、
他の季節に準じて冬ももう少し好きになれたら良いんですけどね。

そうそう、もう2週間も前の話に遡るんですけど、
実は2年振りに大風邪をひきまして。
ちょうどインフルエンザも流行って居る時節なので
大事に大事を重ねて居るつもりだったんですけど、
ひくときはやっぱりひくものですね。

38度台の高熱が3日以上続いた結果、
気力なし、体力なし、食欲なしの状態で
朦朧とした日々を送って居たら、
体重計の表示は高校時代から見たことのない54キロ台。
人の重さってたった3日間でこんなに変化するものだったのか、
と誰も笑えない状況を一人でぼうっと笑ってしまいました。
健康のために断食をされる方の噂を耳にしたのですが、
体力落ちたりしないのかな、と他人事ながら心配です。

なもんで、
体調が復活したとは云え、こんな状態ではまた風邪をひく
といつになく栄養に気を遣った食生活を送って居たら
今度は母の体重が増加すると云う付録付きで
世の中なかなかうまく回らないな、と痛感しました。
皆様もどうぞ体調管理にはお気をつけ下さい。
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さてさて。
先日は遂に3月のロミジュリのスチール撮影に行って参りました。
皆様にいち早くエッちゃんことエスカラスをお届けしようと
携帯で撮影して貰ったつもりが、
手違いで保存出来て居ませんでした。
もう2年使って居る携帯の操作を誤るとは我ながらガッカリです。
なので、bewithさんのサイトに上がるのをお待ちくださいね。
(すみません)

bewithさんのサイトと云えば、
灰とダイヤモンドの意気込みコメントの動画が
上がって居るようです。
バースツールにカッコ良く腰掛けられない僕なので、
「受験生の面接みたい」なんて云われ方もされてしまいましたが、
本人大真面目ですので、どうぞ御覧頂けると嬉しいです。

http://www.youtube.com/watch?v=WMSGxLcL6x8



えー。
いよいよ灰とダイヤモンドも公演が近付いて参りました。
やや遅れながらバレンタインプレゼントになるよう頑張ります。
どうぞ皆様も風邪などひかれませんようにご自愛の上、
劇場まで足をお運びくださいね。
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