【か】

・鍵【かぎ】

何でも正直で開けた間柄だったので、
隠し事を覚えたのは思春期を過ぎてずっとずっと後だった。
それでもどこか憧れのようなものがあったのかもしれない。
あれは幼稚園の頃だったろうか。
子供はいつも用途不明な妙なものを欲しがる癖があって、
もうすぐ誕生日を迎える僕が
鍵とダイヤルで施錠する少し本格的な青い金庫を欲しがった。

中に入れる程に珍重なものがないのに欲しがると、
それは二穴パンチで穴を空けた後の紙屑を入れる箱になった。
無用の長物だ、と大人は首を傾げながら子供に云ったけれど、
金庫が宝物であることに変わりはなかった。
妙な収拾癖も手伝って、小さな丸い紙屑は宝箱に詰め込まれて
降り積もる毎に宝物に変わって行った。
僕にとって金庫は
中に収まって秘密になれば何でも宝物に変わる魔法の箱だった。
そして何より、鍵を自分が持って居ると云う事実は
期せずして僕を酷く高揚させて居たらしい。
鍵で錠を掛けることは大切なものを守ること。
誰にも触れられることがないようにと錠は掛けられる。
そんな大人の当たり前の習慣が、子供にとっては特別だったのだ。

思えば、文化祭の屋台ですら使わないような
本当に小さくて地味な金庫だったのだけれど、
では、金持ちの貴婦人の金庫は高価なダイヤで出来て居るのか、
そう問うたところで、きっと誰も頷かないは知って居た。
地味な金庫の中に眠る一億はお金ではなくてただの紙屑の数。
その合鍵を母が持って居て、ダイヤルの番号を知られて居ても、
小さな子供にとっては最たる問題でなかった。
なにしろ、合鍵は共有を意味するのだから。
独りで守るよりずっと良い。
大切に大切に隠すようにしまわれたものは
万人の目にいつも貴重で輝いて見えるとは限らずとも、
僕の目にはいつも貴重で輝いて見えたので満足だった。

小さな頃は誰でもそうで、留守を守るのは寂しく不安だった。
だから玄関の扉の少し向こう側から
ちゃりちゃり、ちゃりちゃり、と
鍵を探す音が聞こえて来るのは手放しで嬉しかった。
母がキーホルダーから鍵を出すのに手間取る音を聞きつければ、
たとえ居間のテレビが良いところでも
僕は玄関に駆けつけて、母より先に扉の錠を解いて出迎えた。
母はいつも驚き屋さんで、
自動扉のように開くその習慣に毎日繰り返して驚いては、
それでも、只今、と云った。

鍵に憧れた子供が小学校に通い始めると、
ランドセルのポケットに家の合鍵を入れて貰えて嬉しかった。
でも、寂しさも背中合わせに背負って居た。
鍵を使う時が、家には誰も居ない時なのだと知った時から。

夕方の陽射しに背を向けて誰も居ない部屋に戻ると、
留守番で独りの時よりも部屋ががらんとして見えて嫌だった。
やがて夕闇が迫り街灯も目覚める頃になって、
扉の向こうから鍵のぶつかり合う音が聞こえるのはやはり嬉しくて、
鍵を差し込まれるより先に扉の錠を解いて出迎えた。
母は相変わらず驚きながら、只今、と云った。
いつかしか鍵の音は母の帰宅の合図になって居た。

誰しもが羨むような平凡で何処にでも在る家庭の扉にも、
押し入った怪盗が盗る物に困惑するような家庭の扉にも、
無一文になって離れ離れに暮らし始めた男の家の扉にも、
どう過ごして良いものやら途方に暮れる女の家の扉にも、
同じように鍵は掛けられて閉ざされて居る。
ただの習慣になって忘れられて居るけれど、
皆、ただ大切な物を守ることに必死なのだ。


繰り返される日々にも降り積もれば変化があって、
あれほど特別だった鍵への憧れも僕の普通に変わって行く。
鍵の音に耳を澄ますこともなくなって、
僕が母のために扉を開けることは殆どなくなって行った。

憧れも寂しさも紙屑と一緒に溶けてなくなれば、
棄てた覚えもないのにあの金庫は何処かに行ってしまって居た。
自転車の鍵を持つようになって、
鍵が煩わしくなれば、あっと云う間に盗まれて、
その度に遠くまで受け取りに行かねばならず殊更面倒だった。
だから仕方なく鍵は忘れずに掛けようと思った。
周りよりもだいぶ遅れて僕も心に秘密を持つようになって、
煩わしい鍵を好き好んでいくつもぶら下げるようになった。
何かあっても鍵を掛けておけば昨日と同じ今日を過ごせるし、
明日も変わりなく続けられる気がする。
大雨が降った翌日の防波堤ほど心強いものはない。

母をがっかりさせないため、人を傷付けないために掛けた鍵は
やがて自分の見栄を守るためにも簡単に使われるようになって
キーホルダーは気付かぬうちにずっしりと重たくなった。

いつでも正直で開けた人間でありたいと思う気持ちに反して
生きる毎に秘密の鍵は増えて行くものらしい。
そろそろ鍵を入れておくための金庫が必要かもしれない。
時が経ち、中を確かめてみたくなった瞬間には
紙屑と一緒に溶けてなくなって無駄になるのかもしれないけれど、
僕は鍵を掛けずに生きられる程の器用な人間ではないし、
鍵を掛けて守ることの意味や誰かに合鍵を託すことの意味なら
昔よりずっとよく分かって居る。






先日、ゴミ捨て場の近くにまたもや野良猫が居たので、
これ以上ゴミを荒されてたまるものかと
猫好きな性分を押し殺して威嚇をしながら突進して行ったら
脱ぎ捨てられた白いスニーカーでした。
深夜にスニーカーに威嚇する26歳男子。
どうもタナカです。
ちなみに猫アレルギーですが猫は大好きです。


と云う訳で、【か】でした。鍵。
勘違い、過保護、と候補がある中で最終的に鍵でした。

小学生時分に見たセーラームーンの中では
「時空の鍵」を使って主人公の娘がタイムスリップしてきたし、
最近になって始めたキングダムハーツと云うゲームの主人公は
鍵を使って物語を進めていきます。
お芝居をして居れば、
出来るだけキーパーソンな役を演りたいと思うし、
冷たい風に耐えて帰宅すれば、
出来るだけ暖かい室内を期待して家の扉の鍵を解く。

だから本文中では憧れがなくなったとは云い切ってみたものの
改めて厳密に云えば、鍵そのものへの憧れがないだけで
鍵の奥に込められたものには変わらず憧れがあるみたいです。
特に小さな頃と云うのはその道理が分からないまま
目的と結果が混同されてしまいがちだったりするので、
鍵自体が象徴で憧れだったのだと思います。
多分まあきっと、そう云うものですね。

そう云えば、
「お母さん なあに お母さんて良い匂い
 洗濯していた匂いでしょ シャボンの泡の匂いでしょ」
なんてわらべ歌がありましたが、
あの鍵の音はそれにどこか通ずる想いがあるのです。
母は台所で洗い物をして居ると云うのに
マンションのフロアーで鍵のぶつかる音が聞こえて
「あ、ママだ」と勘違いして玄関先に迎えに行った、
なんてエピソードも幼き日の懐かしい思い出だったり。


さて。
前回の告知に引き続き連続になってしまうので恐縮なのですが、
またもやおめでたい告知が舞い込んで参りました。
なんとなんと。
昨年6月に有り難くも満員御礼で幕を閉じた
「Romeo×Juliet」の再演が決まりました。
オールキャスト男子でロミジュリって、なんて心配はご無用です。
なにせ「可愛い」「美しい」と
初演観劇のお客様が声を揃えて下さったお墨付きですから。
しかも、今回の新キャストにはあの賢志さんまで。



「ROMEO×JULIET ~legend of painful heart」

出演:広瀬友祐/植田圭輔/高橋優太/太田基裕/篠谷聖/
   田中伸彦/宮澤翔/MORITA/田井和彦/谷口賢志

劇場:中目黒キンケロ・シアター(最寄駅:中目黒)

日程:2011年3月24日(木)~27(日)全7回公演
 24日(木):18:30☆
 25日(金):13:30★/18:30☆
 26日(土):13:30★/18:30☆
 27日(日):11:30★/16:00☆・  ※結末2Ver.:☆Desert Rose Ver./★Blood Stone Ver.
※開場は各開演30分前。


全席指定・前売\5,800(税込)・  通しチケット:各¥11,000(税込)
  ①金曜通し券/②土曜通し券/③日曜通し券の3通りです。

さらに、「初日(3/24)特典」「金曜(3/25)通し券」には
何やら“秘密のプレゼント”なるものがあるそうです。

http://www.bewith-gogo.com/romeo_and_juliet_2011/


さてさて、・灰ダイの前だと云うのに、
楽しみな予定がまたもや増えてしまいました。
ワクワクしながら笹塚と中目黒で皆様をお待ちして居りますので、
灰とダイヤモンド、ロミジュリ。
何卒、ともに宜しく御願い致します。
田中伸彦オフィシャルブログ「タナカドリル」Powered by Ameba-20110129095917.jpg