宇野昌磨君と本田真凛ちゃん、アイスダンスで競技に復帰するんですね。おめでとうございます!応援します!
備忘録となっているこの日記です。
3日前の水曜日。所要があって中野郵便局に行き、銀行にも寄った後、丸井の福寿で焼き肉ランチを頂きました。帰宅してお便りをいくつか書いた後、事務仕事をしました。
一昨日の木曜日。雨だったけれど、みなみらいずの温水プールに行きました。1時間ちょっと水中ウォーキングを中心に楽しみました。その後、ジョナサンに寄ってチキンステーキを頂きました。帰宅して事務仕事をしました。
昨日の金曜日。喫茶風味に行ってランチ。ハンバーグサンドを頂きました。午後はトヨタイムズで宇野昌磨君と本田真凛ちゃんのアイスダンスでの現役復帰会見を観ました。昌磨君の真凛ちゃん愛が炸裂しているなあと思いました。今年、また全日本でヒリヒリした感覚で二人を応援することになるのかなあ?頑張ってください。
夜は幼馴染の優子ちゃんが誘ってくれて、さだまさしのコンサートに行きました。会場は「府中の森芸術劇場どりーむホール」で
「さだまさしコンサートツアー2026 神さまの言うとおり」というツアーでした。さだまさしさんの軽妙なトークを楽しませて頂きました。曲はアルバムの曲が多くて、知らない曲も結構、ありました。それはそれで楽しいのですが、やっぱり防人のうたのような昔の曲に聞き惚れてしまいました。3歳ぐらいしか、年齢が違わないのに、長時間のコンサートで凄いなあと思いました。その意味でも励まされました。ありがとうございました!誘ってくれた優子ちゃんに感謝です!
今日の土曜日。私は美容院に行きました。髪の毛をシャンプーセットして頂きました。その後、喫茶「風味」に寄って、トマトクリームシチューのセットを頂きました。お便りをいくつか書きました。
さて私は森川芳州様が御詩集「お母さんって呼んだなら」(土曜美術社出版販売)をお送りくださったので読みました。
ここでは4篇、ご紹介させて頂きます。
「紫陽花」
校舎の屋根を叩き
校庭の土を打ちながら雨が降る
雨の日に
ゴム合羽を着る生徒は殆どいない
傘を買って欲しいと母に言えない
内職で得る工賃は僅かなもの
父に言えば贅沢を言うなと
顔を真っ赤にして
怒るだろう
今も
昔も
雨が降る
坊ちゃん刈りの頭を濡らし
泥んこ道で啜り上げ泣いた幼き日
見上げれば
いつも
そこに母がいた
何があっても我慢ができたのは
母への思いが
強かったからなのだろう
懐かしい足音を偲ばせながら
雨が降る
濡れた歩道に母の影
振り返るなら
生け垣から零れる紫陽花の花
「お母さん」と呼んでみる
紫陽花の
色が濃くなる
「居場所」
ひとには家の中で
座る場所が在る
そこに居るのが当たり前
と思われるような場所が在る
居間の隅っこなのか
テレビが一番見やすい
真ん中の場所なのか
自分の座る場所が無かったら
こころ落ち着かなくて
影となって
さまようしかない
家族の誰もが
いつも
同じ場所で食事をする
誰かが決めたという訳でもないのだが
陽が昇る前に
母は流し台の前に立つ
そこは
北側で寒くて暗い場所
居場所が在るだけでもいいと
母は思っていたのであろうか
私の机と椅子は
納戸の隅に置かれていた
弱い陽射ししか入らなかったが
一番こころ落ち着けた場所
「夕暮れ」
母はいかに多くのものを
失ってきたのであろうか
子供たちはみるみる大きくなって
衣類も勉強机も
次々と捨てた
夕暮れの調べは
いたたまれないほど寂しくなる
耐え切れぬ空しさを弾き語る
オルガンの音のようで
母は日がな一日
畑を耕していた
こころは通い合っているつもりでも
何故か いつも擦れ違い
子供たちはみるみる大きくなって
所帯を持って
次々と家を離れた
全ては時の流れに任せるしかない
一日の疲れを空に上げ
みずからを慰めていたのであろうか
今日も無事に終わったと
夕暮れの調べは
言いようがないほど悲しくなる
ささやかな望みを託して爪弾かれる
竪琴の調べのようで
母は日がな一日
家事に追われていた
「触れ合い」
自分の力で生きてきたつもりだが
私は多くのひとの手によって
生かされてきたのであろう
母の手によって健やかに育てられた
幼かった頃は
姉の後ろに付いて遊んだ
人見知りが強く
友と呼べるひとも少なかったが
遊ぶ子供たちを見て
多くのことを学んだに違いない
小学校へ入学する直前に
妹が生まれた
乳飲み子が綾なす仕種からも
私は
多くのことを学んだのであろう
小さな会社に誘われて入り
多くのことをしてきたつもりだが
多くのひととの触れ合いが無かったなら
私は何ひとつできなかった
結婚し
妻や子供たちの手を引いてきたつもりだが
引いてもらったことも
人生は
偶然とは思えないほど
こころ温まるひととの出会いがあり
私は不思議な力によって
生かされてきたのであろう

